「ドイツの神学者、ディートリヒ・ボッヘンファーによると、「午後は悪魔の時間だから文章を書いてはいけない。書いたとしても、午前中に再度検証しなければならない。」」(作中より)
心理効果としては「真夜中のラブレター現象」として知られていますが、具体的には夜に書いた文章は感情的、叙情的になってしまうので論理性、合理性に欠ける文になってしまう、という現象が当てはまります。
科学的には朝は交感神経、夜は副交感神経が働き、副交感神経は理性より感性を優先するためその様な事態になってしまうのだとか。
いずれにせよ現代に当てはめるなら「夜のツイートには気をつけろ」と言った具合でしょうか。現代ではどのような文も引用、魚拓が残ってしまうため注意が必要ですね。
「多くの人は、業界の垣根を飛び越えられません。自分の好きなことを活かせる業界はほかにもたくさんあるとは考えず、文章を書くなら出版業界じゃないと駄目、勉強したいなら大学にいないと駄目、と考えてしまうのです。私もそうだったのですが、実は、好きな勉強はどこでもできました。」(作中より)
僕の体験談ですが、僕も「化学を勉強したいなら、理工学部に入らなきゃ!」という思いで大学は理工学部に進学しました。その後、化学に興味が持てなくなってしまった為大学を辞めました。現在は心理学や英語に興味があり、やはり周りからは「勉強するなら、大学に入れば?」と勧められますが、僕は「勉強したい事柄が大学に入らないと勉強できない、または大学に入ったほうが効率がいいと分かったら大学に行こう」と思っています。
大学に行ったり資格を取る利点は公に自分がどれほどその学問に特化しているのかを証明できることです。心理学では”権威効果”と言って、例えば大学教授なら頭いいはずだ、電器屋の店員さんなら機械に詳しいはずだ、と思ってしまう現象です。それを手に入れるのが大学や学歴だと僕は思いますが、今の自分は権威効果よりも”純粋に好き”で勉強していますし、作中で著者が”好きな勉強はどこでもできました”とおっしゃられるように、好きでやる勉強はある意味機動力がある、つまりどこでも、いつでも、どのようなスタイルでも出来る、というのが利点なのではないかなと思います。
「一般的に言って、空気を読むとは、集団行動に自分を合わせるというだけのことです。」(作中より)
現代においては空気を読むことは重視されているどころか必須スキルとして語られる部分がありますが、僕は空気が”読めない”人は面白く、空気を”読まない”人は賢いなぁと感じます。
自分の意見は人と違うところもあれば同じところがあると思いますが、大部分はその間のグレーゾーンです。空気を読むことは人と協調できるという利点があります。「たしかに」、「わかる」と言ったあいづちは親交を深めますし、同意されて嫌がられる場面は少ないでしょう。
空気を読まないことは自分の意見を貫けるという利点があります。ただしその場合も(作中に出てきますが)「Yes but法(そうだね、でも)」という話し方を利用することでただただ相手を否定するより穏便に自分の意見を通すことが出来ます。
人間関係は1か0ではなくグレーゾーンの方が多いでしょう。そしてどれくらい空気を読み(自分を折り)、どれくらい空気を読まない(自分を貫く)という度合いは人それぞれなので答えはありません。自分で探すしかありません。
でもどこかで自分と共感出来る人や事柄(「あっ、この人自分と同じ考え方してる(感じ方してる)」)と出会える機会を大切にすれば、自分にとって”ちょうどいい”人とのつながり方を探すヒントになるのではないでしょうか。
「能力や強みを見つけられない人は、ポートフォリオも組めません。
(中略)能力や強みなどは頑張ってみつけるというよりも、思い切って決めてしまう必要があると思います。」(作中より)
就職活動を経験した事のある方は履歴書の”趣味・特技”の欄や”自己PR”の欄に一体何を書けば良いのか戸惑った経験はないでしょうか。
”自分探しをする必要はない、なぜなら自分はそこにいるのだから”といった趣旨の言葉が”必ず出会える!人生を変える言葉2000”に載っていたと思います。
僕は長いこと”自分探し”と称される時間を過ごしましたが、結局のところ自分を形容できる言葉は「あれ、これって昔からあったよな」と言った言葉ばかりです。
自分の長所を見つける際の壁の一つが「○○は得意だけど、世界にはもっとすごい人がいる」と比較してしまう事です。当然世界には自分より長所が秀でている(実際は秀でているように”見える”)人、その長所で食べていく力を持っている人がいるでしょう。ですが、長所とはいわゆる”相互作用”です。言葉に起こしてみれば”優しい”、”綺麗”、”○○一級”とそれぞれ単体の要素に見えますが、実際は違います。
人を好きになる時には”優しくて強い人が好き”、”綺麗だけどちょっと抜けてる人が好き”など様々な特徴をあげると思いますが、自分にもそれが当てはまります。英語が話せる人はたくさんいて、早く走れる人はいっぱいいる、でも英語が話せて早く走れる人は?更に日本人の中では?とどんどん組み合わせていくとそこに”自分らしさ”、”その人らしさ”が浮き出てきます。
長所は思いつかないが短所は思いつく、という場合も短所は長所に成り得ます。それが詭弁(きれいごと)かどうかはつまるところ”自分の考え方”にしか寄らないのです。例えば短所をたくさんあげられる人は、改善点をたくさん見いだせる人。逆に短所も長所も何も見つけれない人は、物事をフラットに見られる人です。
そういう見方は”自分勝手”に見えますよね。でも短所を長所に変える力というのは、何も自分にだけ適用出来る力ではありません。他人の短所を長所として見る力として使えば、もうその力は”自分をよく見ようとする自分勝手さ”の領域ではなく”相手をよく見ようとする優しさ”の領域に変化するのです。
「褒めるとは、単に相手を持ち上げて気分良くさせることであありません。褒めるという行動は、自分の好意を相手に伝える手段の一つだと心理学では考えています。ですから、相手を露骨に褒めることができない人は、他の方法で、何か好意を伝えることはできないのかと考えればよいのです。」(作中より)
相手を褒めることには2つの難しさがあります。相手の良い点を見つける難しさと、それを素直に伝える難しさ。
この2つを克服するのが”正直さ、誠実さ”です。
相手の悪い点ばかり目に入ってしまう人は、人の特徴を見抜くエキスパートです。目についた悪い部分を”特徴”と捉え、言い方を良い言い方にすれば簡単に褒め上手になるでしょう。
”太っている”人はおおらかで、自分の好きなものを食べられる正直さを持っている、という見方です。
身体的特徴はいくら良い言い方をしても相手のコンプレックスであったりタブーだったりするので僕はオススメしません。
僕がオススメする方法は相手の”習慣”を見つける方法です。相手の爪が綺麗なら相手は爪の手入れを良くしているのだろう、相手が知らない話をしだしたら、その分野に詳しいのだろう(勉強したのだろう)と考え、そういった”表に出てきた”習慣を見つけ、褒める方法です。
「媚を売ってまで好かれたく無い」と思う方は尚更、媚ではなく本当に相手が好きなのだと伝える事ができます。普段媚を売らない方であればそれだけ褒め言葉は貴重になるでしょう。
「何が何でも好かれたい」と思う方は褒め言葉のエキスパートになればいいのです。嘘をつけばその根拠を聞かれた時に戸惑い、結局裏目に出るということも媚を売りまくらなければ気づけ無い点だと思います。
僕は他人を褒めることが苦手でした。「褒めるってつまり嘘をつけってことでしょ?」とすごくひねくれた考え方をしていたのですが、最近、褒める事はつまり正直である(正直に好意を伝える)という事に気づきました。
相手が何を好きで何を嫌いかは分かりません。自分が褒めた事が相手のコンプレックスだった場合もあるでしょう。ですが一つ確かなのは”自分はそこが好きだ”という思いです。良い悪いの問題ではなく、好き嫌いの問題なので相手がどう思おうが関係ありません。それが相手のコンプレックスだったなら尚更、そのコンプレックスがただの短所ではなく人によっては長所(好かれる点)になるという事を伝えるいい機会だと捉えてみたら、きっと正直に相手のことを褒められる優しい人になれるのではないかな、と僕は思います。
「あなたを変える52の心理ルール(著:メンタリストDaiGo)」を読んで
心理学用語が多く出てきますが、その都度身近な例えや分かりやすい説明で書かれているのでとても読みやすく、勉強になる本でした。
また、科学的見地、心理学的な見方で説明される為(例:悲しいときは悲しい映画を見たほうが良い、なぜなら涙には(怒りや悲しみを増長させる作用を持つ)ストレスホルモンが含まれ、それを体外に排出することによって、悲しみから立ち直りやすくなるからだ)、ただ”○○は良い”、”△△は効果的”といった説明をされる実用書より理解しやすく、論理的だと思いました。
実用書のつもりで読み始めましたが、読んでみると教訓的で思い当たる節がたくさんあり、一種の哲学書のような奥深さ(考えさせられる機会が多い)ようにも見えました。
内容のわかりやすさ、本の薄さに反して色んな視点、観点から自分の人生を見つめ直す事のできる良い本だな、と思いました。