☆東京ドームまで:あと16日☆
今日は映画「黄色い涙」の感想です。
例によってネタバレ満載です!!
まず、嵐ということをちょっと脇に置いておいて、
ストーリーの感想を先に。
嵐はあんまり関係ないです(^-^;
長くなってしまったので、2回に分けます。
嵐ファン目線での感想は後編にて。
舞台は1960年、昭和の高度成長期。
売れない漫画家の栄介(二宮)、歌手志望の章一(相葉)、
画家志望の圭(大野)、小説家志望の竜三(櫻井)、
米屋で働く勤労青年祐二(松本)がメインの登場人物。
嵐のメンバーのキュートなビジュアルのせいで
(ましてや私はファンであるので)フィルターがかかってしまうけど、
これは、追い続けている夢をまだつかめないでいる者にとって
とても手厳しい映画だと思います。
かなえたい夢があって、今はだめでも、きっと明日は違う、
そう信じて未来を思い描きながら、何度もぶちあたってしまう壁。
期待と挫折を繰り返しながら、捨てられずに持っている夢の切れ端。
自分に重なるところがいくつかあって、時々胸が痛かったです。
途中で竜三の言った
「人生は一度も人を欺かなかった」という言葉、
私は最初どうもピンとこなくて「そうかな~?」と思ったんだけど、
映画を見終わったときに(この言葉がもう一度出てくる)
「そうだ、本当にそのとおりだ!」と強くうなずいてしまいました。
私がすごく印象的だったのが、みんなでお風呂屋さんに行くシーン。
前日まで不本意な仕事を引き受けて寝ずの仕事をしていた栄介。
「お前は漫画家だから、漫画を描きに行ったんだろう」と言う竜三に、
栄介は「それは違う」と否定。
「お前たちは、自由というものをよくわかっていない」。
ここのやりとり、すごくわかる。しみる。泣ける。栄介に100票。
つまり、夢をかなえるためには、
まず夢以外のこともいっぱいがんばらなくちゃ
いけないのだ、ということだと、私は思う。
簡単に言うと、貧乏でもいいから、
ちゃんと生活基盤がなくちゃいけないってこと。
何もせずに遠い未来のことだけ
ぼんやり妄想しているのではなく、
目の前にある毎日の雑多な「日常」を
きちんとまわしていくこと。
それを自力でなんとかできない輩は、
夢をかなえる「基礎力」がついていないので
何をやっても次に進めないし、あきらめるのも早い。
昔、イチローに
「野球選手になるには、僕はどうしたらいいですか?」と
質問した小学生がいて、そのときイチローは
「今、勉強やクラブ活動や、学校のことをしっかりやることです」
と答えていた。
私はこのアンサーにものすごく感動して、時々思い出している。
それに通ずるものがあると思う。
「人生は一度も人を欺かなかった」。
味気ない言葉で言い換えるなら、「因果応報」とか「自業自得」って
ことだと思う。それが終結されたラストでした。
夏の終わりとともに、
「自分は意志の弱い、普通の人間だった」と言って、
大事に抱え込んでいた夢を捨てていった、章一、圭、竜三。
「芸術家たるもの、
芸術以外のことで金を稼ぐなんてことはしない」
と言って、働きもせず、栄介のところに転がり込んで、
うだうだしていた面々。
栄介は違った。
だいたい、はじめから「漫画家志望」じゃなくて
一応プロの「漫画家」だったし。
表紙と構想しかなかった竜三と違って、
彼には描きたい「作品」があった。
「俺たちは未来の大芸術家だ」と豪語する竜三に、
「いや、ただのイナカのイモ兄ちゃんだ」と
切り返す謙虚さもあった。
断りもなくやってきた友人3人を部屋に住まわせたり、
扇風機を売ってご飯代にしたりというきっぷのよさもあったし、
母親のことを想い、自力で入院費を払う甲斐性もあった。
そしてラストでは、
他の3人が芸術とはまったく関係ない仕事に就く中、
ひとり、漫画を描き続けている。
「俺は、漫画の世界を信じたい」って名言だな。
きっと彼なら、夢をかなえるだろう。そう思わせられる。
だって、人生は一度も人を欺かないのだから。
そして、ちょっとしか出てこなかったけど、
祐二にも同じことが言えると思う。
彼の堅実さ、素直さが、
「地に足のつく幸せ」に届いていくのが感じられて、
彼はまぎれもなく「夢をかなえた人」なんだと思った。
時江と結婚したというオチにはびっくりしたけど、
そういえば本借りたりしてて、もともと仲良かったんだね。
時江にとってもこの結婚はハッピーだったんだろう、と
女としても納得。
ちなみに、「人生は一度も人を欺かなかった」とは、
映画の中では「フランスのえらい人が言ってた」としか
紹介されなかったけど、モンテルランという作家の言葉だそうです。
(後編・嵐ファン目線での感想 に続きます)