番外編 『バレンタインの罪』(A+S)

 

 

 それは、初恋に出会う前。

 

 

***

 

 

 

 チョコレートは好きだけど。

 

「手作りチョコは、無理だなあ……」

 

学校一番のモテ男、相葉が呟いた。

 

 

********

 

 

女の子たちが、あちこちで相葉へ声をかけて来る。

 

「相葉くーん」

 

その女の子たちの手には、明らかに手作りチョコが。

 

「ねえ、もらって?」

 

何人もの女の子に、チョコを貰う。

 

「ありがとう。嬉しいよ」

 

相葉は、たくさんのチョコレートの入った紙袋や箱を抱えて家に帰ると、メッセージや名前の確認をして手作りらしいものは、そのまま生ごみ入れへ。

 

「ごめんね……」

 

綺麗なのも、ちょっと歪んでしまったものも、変わらず嬉しいし、愛おしいけれど。

 

何度か、頂いた手作りで体調を壊した彼には、食べられない。

 

色々、人を信用できない環境で育った彼は、その影は自身の光で隠して暮らす。

 

「お、翔ちゃんだ」

 

スマホが光って、大切にしている幼馴染の名前が見える。

 

 

 

********

 

 

 

相葉の家へ遊びに来たのは、幼馴染の翔という少年だ。

 

バレンタインというのに、彼もチョコレートは迷惑そうだった。

 

彼も、この日はチョコレートの山を持って帰る憂鬱な日だ。

 

「相葉くん、お返しはどうしてるの?」

 

真面目な翔は、一人一人にメッセージを送ろうか、悩んでいた。

 

「うーん、付き合う気がないなら、軽いお菓子とかで良いんじゃない? メッセージは、後々困るよ」

 

「困る? そういうもの?」

 

大きな目をさらに、大きくして翔が、聞く。

 

「あはは……可愛い顔だなあ」

 

そう言って、軽く額にチュッとキスをする。

 

翔は、子供の頃からの習慣で、驚くこともなく受け入れている。

 

「翔ちゃんは、付き合いたい子はいないの?」

 

「いないなあ……相葉くんは?」

 

「付き合うとかは、ないけど。まあ適当に相手してる」

 

適当って? って思うけど。

 

「ふーん」

 

相葉くんは、いつも何でも知ってるから、そう思って聞かなかった。

 

「あ、でもこれは買ってきた。相葉くん、ここのチョコケーキ好きでしょ?」

 

「うわっ、最高じゃん! ありがとう、翔ちゃん」

 

喜ぶ相葉の顔を見て、翔も嬉しくなった。

 

ニコニコして、嬉しそうに持ってきた袋から、温かいボトルの紅茶やコーヒーも出す。

 

「一緒に食べよう」

 

仲良く、チョコレートをもらった子たちの事はすっかり忘れて、二人でチョコケーキを頬張る。

 

「美味しいっ! あんまり甘くないし!」

 

「そうだね、この紅茶もピッタリ!」

 

あっという間に、食べ終わると、二人でテレビの前で転がった。

 

「相葉くん、今度の日曜日は試合でしょ?」

 

「うん、相手は負けたことないチームだから、また勝つよ」

 

バスケ部の真斗の試合を、見に行くのが翔の楽しみでもあった。

 

「相葉くん、試合でいつもカッコいいもんね」

 

誇らしげに、翔が相葉にいう。

 

「でしょ? めっちゃ頑張るから、見ててね?」

 

そう遠くない未来に、そのバスケの試合で、翔と運命の男性の松本先生に、相葉のお陰で出会うなんて本人たちもまだ知らない。

 

捨てられたチョコレートたちは、もっと知らないだろう。

 

 

 

このチョコレートに入った想いの重さも、優しさも、少年たちは、まだ気がつかないでいる。

 

大切なことを学ぶ、その為の出会いまで、もう少しの冬の日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編 『バレンタインの罪』

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番外編 『欠片の仔猫』(M)

 

 

 

 

これは、仔猫に出会う前。

 

 

 

 

 

 

恋する相手に困ったことは無いけれど。

 

好きだとか、愛してるだとか、言ってきておきながら。

 

「こんな人だと思わなかった」

 

そんな言葉を、吐き捨てるようにして置いていく人たち。

 

 

俺も、何か欠けている。

 

俺も、自分が本当は、どんな人間なのか知らない。

 

美しさも可愛さも、メッキのように剥がれていく相手を、冷たく眺めている。

 

俺に近づきたくて、纏ってきただろうその全ては、抱き合って近づくと、溶けるように消えてしまう。

 

本当の姿は、皆、美しくなくて。

 

俺の冷たい視線に耐えかねて、相手は、俺に言葉を投げつけて去っていく。

 

 

責めた事もないし、期待もしなくなる。

 

そんな俺が、小さな仔猫に振り回される日が来るなんて。

 

 

 

今年も、退屈なバレンタイン。

 

いろんな誘いは、うるさくて。

 

露骨なアピールをスルーしながら、なんとか一人になる。

 

ただ、虚しい。

 

この虚しさは、欠けた自分。

 

 

 

 

虚しさを埋めてくれる存在に出会うまで、もう少しの冬の日だった。

 

 

 

 

 

 

 

番外編 『欠片の仔猫』

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