(BL/櫻葉AS/妄想小説)

 

 

 

(5)後編「坊っちゃまは夢をみる」

 

 

「お待たせしました、……? どうかされましたか?」

 

濡れた髪のまま、慌てて戻った執事は、落ち込んで座っている坊っちゃまを見て、驚いている。

 

「……翔ちゃん」

 

「坊っちゃま? ……雅紀さま?」

 

何か、具合でも悪いのかと心配して、坊っちゃまの顔を覗き込んだ。

 

「これ……どっか行くの?」

 

 子供のように、悲しそうにガイドブックを握りしめている。

それを見て、執事は黙り込んだ。

 

「翔ちゃん、いつ行くの?」

 

すると、執事は下を向いて、クスクス笑った。

 

「なんで、笑うの?」

 

「私が、誰かと旅行でも行くと思われたんですか?」

 

「だって……」

 

執事は悪戯っぽく微笑んで、急に友達のような声音になった。

 

「それは、ただの夢の本」

 

「夢?」

 

「その本は、ずっと何年も前の本です」

 

「え?」

 

執事は、坊っちゃまの隣に腰を下ろすと、ピッタリ寄り添ってくれた。

 

「ずっと前にテレビで見た国に、綺麗な広大な場所があって。雅紀さまと行ってみたいなあって」

 

「翔ちゃん」

 

坊っちゃまは真っ赤になって、執事を見つめて微笑んだ。

 

「でも、夢ですから」

 

「どっ……どうして?」

 

「それは……」

 

言い淀むような事は無い執事が、めずらしく口ごもる。

 

「一緒に行こうよ? 俺、休みを取るから! 自分で予約もするし、二人で行こうよ?」

 

坊っちゃまは、嬉しくて執事の手を取って、提案する。

 

「……私には、贅沢です。いつかもっと、お役に立てるようになったら、ご褒美にお願いします」

 

執事は、眉毛を下げて困ったように笑う。

 

「毎日、役に立ってるよ? 贅沢じゃないよ? 翔ちゃん、休みもないじゃん。俺に付き合って働いてばっかりだし」

 

「いいえ、知らないことが沢山ありますから。もっと勉強してもっと、立派にお役に立ちたいんです」

 

「翔ちゃん……頑張りすぎだよ。いつもちゃんと寝てるの?」

 

「大丈夫ですよ。坊っちゃまは心配しないで下さい。勉強は趣味みたいなものですから」

 

「もう……じゃあ、俺が寝た後は、勉強禁止ね? お勉強は、昼間だけにして?」

 

「……はい、そうします。眠くなりましたか?」

 

「無理、まだ眠く無いもん。ってか、目え覚めちゃった」

 

あははと、嬉しそうに坊っちゃまが笑ったので、執事も嬉しくなって笑った。

 

「じゃあ、翔ちゃん! この本の行きたかった場所教えてよ。いつか行く時のために」

 

「ええ……じゃあ、最初は……」

 

 二人で並んで、ガイドブックを眺めて、夢の旅行を想像する。

 

なんだか幸せで、さっきまで落ち込んでたと思えない程、坊っちゃまは、嬉しそうだ。

 

 

 

 

「ええと……夏だったら……翔ちゃん?」

 

ふと見ると、疲れ果てて執事は、隣で座ったまま眠っていた。

 

「あ……ごめんね、翔ちゃん……」

 

そっと、執事を寝かせて布団を被せると、スウスウと寝息になった。

 

慌ててお風呂から出て来てくれたから、髪も濡れたままの執事は色っぽくて、とっても綺麗。

 

「翔ちゃんて、美人だなあ……」

 

 顔を寄せると、石鹸の香りがする。

 

こんなになるまで、自分のために頑張ってくれているんだと思うと、涙が出そうだった。

 

「俺、もっともっと、働いて頑張るね」

 

 

 

執事は、いつも『暇なので』と言う。

 

それは『暇』を努力して、作ってくれているからだ。

 

 

 

そんな優しい執事は、坊っちゃまのこの世で1番の唯一の愛しい人だ。

 

「必ず、旅行に連れて行ってあげるから、待っていてね?」

 

坊っちゃまは、そおっと執事にキスすると、隣に滑り込んで眠ることにした。

 

 

 

 

 

きっと夢の中で、二人で旅行してるに違いないと、坊っちゃまは思った。

 

それが、きっと今日頑張った二人へのご褒美だから。

 

 

(5)<end>