(BL/潤翔/妄想小説)
勝手に家へ侵入していた男は、ニノに近づくと揺り起こす。
「起きて? ……ニノ」
「……?」
まだ、ちゃんと目が覚めないニノは、ぼんやりと男を見上げる。
「やっと二人で会えたね」
「なに……?」
「この間、エスカレーターで、助けてあげたんだ。それを知って欲しくてね」
「……どう言う意味?」
起きあがろうとするが、手足は何かで縛られていた。
段々と目が覚めてくる。
「……助けたのに、今度は縛ってどうするの?」
「お礼が欲しいだけ。でも、ケガして倒れてる君が綺麗で……忘れられないんだよね」
「……変態かよ」
「そうだね。でも助けたんだから、今度はケガさせても、チャラじゃない?」
そう言うと、ナイフで服を切り裂き始める。
ニノは、震えながらも男を睨みつけて、目を逸らさない。
「やっぱり、気が強いなあ、可愛い、最高だねえ」
ニノの服を滅茶苦茶にすると、薄くナイフで首や胸に傷をつけ出した。
痛みで力が入るが、縛られていて抵抗できない。
「殺しに来たんなら、さっさと殺せば?」
痛みに顔を歪めながらも、冷たい声と目付きで、男を睨む。
「殺すわけないよ。好きだからね? 付き合ってって言っただろ?」
「変態と付き合える訳ないだろ……っ!」
両手で首を絞められて、意識が遠くなる。
身体中が痛い。
気を失ってゆく中で、男がニノに口付ける。
そのまま男が、笑ってニノに覆い被さって来た瞬間に、後ろから蹴り上げられた。
「なんだ……?」
男は髪を掴まれて、ニノから引き剥がされた。
「ふざけんな! 何やってんだよ!」
潤が怒鳴って、翔が髪を掴んだままの男を今度は、思い切り急所を狙って蹴り、男は動かなくなった。
「変態野郎っ! 俺の親友に手ェ出すんじゃねえ!」
「潤、それ以上は死んでしまう。それよりニノだ」
痛みで動けない男を床に転がして、翔が押さえ付けながら通報した。
「ニノ! しっかりしろ!」
動かない体は、死んだようだった。
ゾッとしながら、体を揺すって起こそうとする。
以前のテロで、たくさん見た死体を、翔は思い出していた。
……風の精が、神様の国に連れて行くのだろうかと、潤とニノを見つめる。
ニノを生き返らそうとする潤は、逆光で天使に見えて。
白い顔で、動かないニノは、死んだ神様の子供のようだった。
「翔! 早く! 息が戻んない! 何とかしろよ!」
「ああ……分かった」
すぐに警察官と救急車がやって来て、男は逮捕され、ニノは病院に着くまでに呼吸が戻った。
「良かった……」
ホッとした潤とは対照的に、翔は硬くなったままだった。
今、見える全てが。
翔には童話の綺麗な挿絵のように見えて、ただ恐ろしかった。
(いつか……こんな日が来るのか)
潤が死んだ顔を、息の止まったニノに重ねて絶望を想像した。
*********
人魚姫が消えてしまった。
王子と、そのお妃となる隣国の姫は、船や海も探して回りました。
けれど、二度と、可愛い人魚姫は見つかりませんでした。
王子とお妃は、悲しくて悲しくて。
いつまでも忘れられませんでした。
海では人魚たちが、末の妹が消えた事を嘆く歌が響き渡る。
呪うように悲しみが、遠い海の果てまで、広がっていきます。
誰も風の精になり、魂を手に入れた人魚姫を知ることは、ありませんでした。
******
ニノは無事に生き返り、元気を取り戻してまた、潤の家にやって来ていた。
あの男は、ニノ以外にも暴行を繰り返していた為、今も逮捕されて調べられている。
エスカレーターで、ニノを突き落としたのは、やはりあの男で、助けたと言うのは嘘だった。
いや、本当に助けたつもりかもしれない。
気に入った子に、怪我をさせる趣味がある男の頭の中は、理解できない。
料理は、味覚音痴の翔の代わりに、TAMAがしてくれるようになった。
皆で美味しい料理をいただいて、ホッとしたところで、潤がしみじみ言った。
「最悪だったな、ニノ」
「うん。でも何で俺を狙ったんだろう」
「さあな。変態だからだろ?」
「好きだから……?」
翔が言うと、ニノと潤も呆れた顔でじっと見る。
「有り得ねえだろ? 好きな子を怪我させて喜ぶなんて」
「好きでも、嫌いでも、いやだよ!」
二人が、心底嫌そうに言う。
「あの男は、悪い行いばかりするから、寿命が長いかも……」
翔の言葉に二人が、揃って言う。
「はあっっ?」
そこで翔は、人魚姫の風の精の話をしてみた。
「何で、良い子は早く死ぬんだよ! おかしいだろ?」
潤が、吐き捨てるように言う。
「でも、神様の国に早く行きたいんでしょ?」
「へ?」
潤とニノは、顔を見合わせると翔を見て笑い出した。
「何だよ? 翔、天国に行きたいとか言うと思ってたの?」
「俺ら、別に神様になんて会いたくないってば」
「行きたくないの? 魂になって行くかもしれないよ?」
今度は、二人はお腹を抱えて、爆笑する。
「ここが、一番だよっ? どこも行かない。死んだって神様なんていらない。翔だってここにいるし」
「そうだよ。潤君は翔さんのそばが、良いんだから」
まるで、天使みたいな顔で二人が、笑って言う。
永遠の魂より、神様より、アンドロイドが良いよと、無邪気に笑ってくれる。
「まあ……二人は、なかなか、神様の国は遠いかもしれないからな……」
「翔! 何だよ、それは失礼だろ?」
膨れる潤達は可愛くて、つい怒らせたくなってしまう。
それは、もう人そのものなのだとは、美しいアンドロイドは気が付いていなかった。
******
アンドロイドは、分かっていない。
どれだけ、二人に、人に愛されているかなんて。
人の愛情が、どれだけの深さがあるなんて。
この世は、アンドロイドは、まだ知らない事ばかりだった。
愛することは教えられたが、まだ愛されることは……難しくて。
人魚姫の永遠の魂は、まだどこかで彷徨っているかもしれなかった。
<end>