(BL/潤翔/妄想小説)
「さて、眠らなくちゃ」
アンドロイドの翔は、寝る前のルーティンの最後に自分の人工知能に命令する。
今日の自分を記録しろと。
人工知能の眠りは、シャットダウンと再起動だ。
人間が眠って、記憶を整理しているのと同じ。
眠っている間に、それは進化する。
記憶と感情が、人のように根を張るために。
「愛してる」
と言った数を、記録する。
明日は、もっと愛せるように。
明日は、もっと愛して貰えるように。
「愛してるよ」
方法はひとつだけ。
――愛を伝える言葉だけだった。
*********
翔は、外見が全く人間にしか見えない。
その道の第一人者で、潤の亡くなった母の最高傑作だ。
だから、よく見知った者しかアンドロイドだとは知らない。
近くの花屋は、翔を普通の客だと思っている。
「毎度ありがとうございます。このお花はいつも、恋人に贈るためですか?」
「まだ、違うんですが、そうなりたいですね」
翔は、綺麗な顔で照れもせずに言う。
「まあ、お客様の様な方に愛されて、その方は幸せですね」
花屋の方が、照れながら笑って言った。
翔が帰った後、花屋の店員に、それを聞いていた男が言った。
「あれはロボットだよ。人間のような顔をして、人間より偉いと思ってるテロリストだ」
「え……?」
男は、憎しみの籠った声音で呟いた。
「……許せない」
*********
昔、アンドロイドの開発者で専門家の父親は、部下がテロに加担したせいで疑われた。
その事件のせいで、長い時間、息子とは引き離されていた。
再度、テロ事件は起こったが、それも鎮圧された。
父親の無罪が証明されて、国からの疑いも晴れた。
全て終わった事件なのだと、潤は思っていた。
だが。
また不穏な空気が漂ってきていると、父から連絡をしてきたのだ。
「……テロ?」
「いや、テロじゃ無いけど、今あちこちで、アンドロイドが狙われてるんだ」
モニター越しの父親が潤に言った。
「なんで? え? 翔も狙われるの?」
「うちの製造リストにある型番のアンドロイドが狙われてるんだ。気を付けさせてくれ」
父親の会社にいた人間が、以前テロに加担した為、テロを起こしたロボットを狙って襲うグループがいるらしい。
「でも、翔は同じのなんていないんだろ? 一体だけの非売品じゃん」
「テロリストの被害者には、そんな違いは分からないからな。うちにいるのが、うちの製造したものの証明になってしまう」
「テロの被害者……」
もし、翔が壊されたら、自分はどうなるんだろう。
壊されたら、それは死ぬと言う事なんだろうか。
……考えられない。
たとえ……嘘でも。愛してると言ってくれる、彼を失くすなんて。
恐ろしい想像に、潤は心臓が冷たくなった。
*********
「翔、しばらく出かけんなよ? 狙われてっからな?」
「大丈夫ですよ、戦闘能力もありますから」
「ダメだって! 俺の言うこと聞けよ?」
「それって……潤、僕を愛してるから?」
「…………!?」
「聞いてる?」
「あ……愛してなんかいるわけないだろう! いいからもうっ! 家からお前は出るなっ!」
「僕は、愛してるからね」
「うるさい!」
真っ赤になって潤は、振り返らずに出かけてしまった。
翔が微笑んでいるのを、TAMAが不思議そうに見ている。
「嬉しそうですね? ショウさん」
「うん、嬉しい」
「どうして?」
優しくTAMAの頭を撫でる。
「愛してるって言えるから。それが嬉しいんだよ」
彼は、美しい顔と声で、そう言った。
*********
家を出ると、家の周りに見慣れない細いケーブルが長く続いていた。
この家を全部、ぐるりと囲んでいる。
「……なんだこれ」
どこかで見たかも知れない。
先日、父親がモニター越しに教えてくれた、昔の対テロリストに使われた電流を流すケーブル。
古いモノだが効果は抜群で、機械は全て電流で壊せる筈だった。
一度、音響兵器で壊れた翔が、これにやられたら。……今度こそ壊れるかもしれない。
「誰が、こんなもんを……!」
潤が慌ててケーブルを掴んで、外そうとした。
その手を、後ろから突然出てきた男が止めた。
「やめろ! おまえもテロリストか?」
「は? それってお前だろう? なんでうちにこんなモンを置いたんだ?!」
ケーブルを掴んだまま、男を怒鳴りつける。
「アンドロイドはテロを起こす。俺の親や友達も巻き込まれて死んだ。全部壊して無くさなきゃならない!」
「テロは、人間が起こしたんだ! アンドロイドは、道具になっただけだろ?!」
「道具なら、尚更だ!」
揉み合いになった二人の声で、家から翔が出てきた。
「潤? 誰かいる?」
潤が振り返って叫ぶ。
「バカっ! 出てくんなっ!」
男が、腰から銃を出して翔の頭を狙う。
アンドロイドは、人のように柔らかく出来ている。
頭の人工知能が撃たれたら、それは死ぬことと変わりない。
「やめろ!」
潤が銃を掴むのと、引き金を引くのは同時だった。
「潤!」
撃たれた潤が、地面に倒れた瞬間、翔が男を力一杯殴って転がした。
翔が取り上げた銃で男を撃とうとするのを、飛び出して来たTAMAが必死に止める。
「ショウさん! だめ! それよりジュンが……」
撃たれた潤は血まみれで、もう意識が無かった。
**********
「愛してるよ」
翔の声がする。
愛のない愛の言葉なら、いらないと思っていたのに。
……その声が聞けなくなるのは、嫌だった。
「愛してるよ」
会えなくなるなら、自分の心も言葉にすれば良かった――。
続く