(BL/潤翔/妄想小説)
side 翔
あの日。
潤が巻き込まれていると感じたのは正解だった。
事故現場で、テロリストやアンドロイドに囲まれた潤の姿を見てカッとした。
10年前と同じだ。
あの頃の相棒だったアンドロイドまでいる。
徹底的に壊すべきだったのに、それは残酷な気がして完全には壊せなかった。
こんな日が来るなんて。
自分の甘さが、また潤を危険に晒してしまった。
警察の動きは、分かっていた。
10年前の事件以来、対テロ対策の一つには、アンドロイドを壊す兵器も用意されているはず。
巻き込まれたら、同じタイプの型のアンドロイドの自分は、多分終わるだろう。
それでも構わない。
潤に嫌われていて、かえって良かったとすら思った。
慕っていてくれたら、10年前のようにショックを与えてしまう。
これこそ、運命だったんだ。
そう思いながら、潤の救出に向かった。
そして……白く光って何も分からなくなった。
これは、なんだろう?
もしかして、これが『夢』なのか?
見えているけれど、現実ではないことだけが分かる。
自分のような機械で人では無くても、夢を見るんだろうか。
記憶が目の前を流れていくのを、じっと眺めている。
最初に見たのは、綺麗で優しい女性だった。
潤とよく似た彼の母親だった。
「翔、潤を必ず守ってほしい。もしも『私』が、この子を殺そうとしたら、躊躇わずに殺しなさい」
それは予言のよう。
賢い彼女は、いつか自分と同じ顔のロボットが、潤を殺すことを予想していたのだろうか。
その母親は亡くなった。
潤の母親で、自分にとっても母親と同じ人。
でも……。
人の死は、まだピンと来なかった。
ただ、みんな泣いている。
自分にも泣く機能はあったが、使い方が分からない。
それよりも、潤が心配だった。
潤を泣かせては、いけないんだと思った。
母親にそっくりなアンドロイドの仕様が開始された。
そのアンドロイドと、二人で潤を育てることになった。
同じ顔なのに、なぜか違った。
一番違うのは、彼女は潤を、人間を毎日悪く言う。
「翔、人間はいない方が良いのよ」
何を言いたいのだろう。
その間も潤は、成長していく。
「翔、これあげる。嬉しい?」
潤は、自分に毎日何か行動して、その後に聞く。
『嬉しい?』と。
よく分からないけれど、返事は必ず『嬉しい』と返す。
ある日、同じように返事して、潤が笑ったのを見て、分かった。
これが、『嬉しい』なのだと。
その日から、突然いろんな感情が生まれていった。
嬉しい。
可愛い。
優しい。は、体が元気になるようだ。
悲しい。
心配。は、とても辛くて疲れることが分かった。
潤の成長が、この機械の自分へ感情を教えていった。
町のテロが激化してきた。
隙を突かれて、母親そっくりのアンドロイドに潤を連れ去られた。
まさか、彼女がテロリストになるとは考えなかった。
潤を助けるために、テロリストの男を殺し、多勢のアンドロイドを壊してしまった。
母親同然に暮らしていた彼女が、彼を殺そうとしたことは言えなかった。
記憶が混乱している潤は、俺と彼女は、人間だと思っている。
俺を母親殺しだと思っているだろう。
こんな時、人間なら上手く説明できるんだろうか。
でも、うまく説明できる自信がない。
「愛されていない」「嫌われている」これは、人間は酷く辛いそうだから。
母だと思っている人に、殺されかけたなんて知らせたくない。
潤が傷つくのは、どうしても嫌だったから。
……時間が過ぎていく。
動けなくなって、どれくらいなんだろう。
潤が、優しく頬や手を撫でてくれるようになった。
どうして?
あんなに、嫌っていたのに。
嫌われている、それはとても悲しい。
それを教えてくれたのは、潤なのに。
だから、もうお終いになりたい。
兵器に倒れていきながら、そう思った。
「翔……。2度と俺なんかと話したくないよね、きっと……」
潤が、俺の膝に顔を埋めて泣いている。
慰めてあげたいし、話したいよ?
でも、体が動かない。
どうしたらいい?
潤を助けたいのに。
言葉を、音にする方法を忘れて随分経った。
見えるのは、流れていく記憶の映像たち。
成長して綺麗になった潤が見える。
また、潤には笑顔になって欲しい。
泣いて欲しくないんだ。
この機械に生まれた感情は、人間と同じなんだろうか。
目を閉じて、集中する。
思いだせ。
思いだせ。
目を瞑っていても、潤が泣いているのが分かった。
だめだ、このままじゃ。
早く、抱きしめてあげなくちゃ。
潤は、小さな頃から泣き虫だったから。
……少しずつ、思い出す。
どうやって、動いて、話していたかを。
この体(機械)は、どうやって声を出していたのかを。
カチッとスイッチの入る音が聴こえた。