(BL/潤翔/妄想小説)

 

 

 

『翔をどうするか、お前が決めなさい』

 

どうするか? だって?

 

アンドロイドをどうするか? それは廃棄するかどうかの判断だった。

 

翔を廃棄する? そんなこと考えられない。

 

俺を育て、命を救い、この10年間守って来てくれたんだ。

 

 

 

「翔を、俺に渡してほしい」

 

 

 

潤の申し出で、翔は引き取られたが記憶が消えていた。

脳に当たる部分は生きていたが、音響兵器の影響で、記憶が残っているのかは分からなかった。

 

記憶は戻るかが分からないから、いっそ記憶を初期化しようと言われたが断った。

記憶を書き換えたら、それは別人になるかもしれない。

 

音響兵器は、再起不能になる場合がある。

種類によっては、人間も廃人になるらしい。

 

 

 

 

様々な手続きにイライラしたが、なんとか潤は翔を警察から連れ帰った。

 

「翔、家に帰ろう?」

 

「……」

 

 

潤の声にも、反応はなかった。

言われた通りに、移動するだけ。

ただ歩けていたのも、初日だけで。

すぐ翔は、座った姿勢のまま動かなくなった。

 

「翔……?」

 

何も話さない。

瞬きはするが、見えているのかは判断できない様子だ。

 

「翔、俺がわかる?」

 

座った翔の膝に手を置いて、顔を覗き込んで話しかける。

 

「……」

 

2度瞬きをするが、それ以外は反応しない。

こんな風に、返事がないだけで辛い。

それなのに、自分は今まで……。

 

「翔、ごめん」

 

悲しむことや泣く資格もない自分に、腹がたった。

 

 

 

 

 

 

 

潤は翔と一緒に、家に閉じこもっている事を心配したニノは、毎日顔を出すようになった。

 

 

「潤君、翔さん……どう?」

 

「うん、俺のことは、全然覚えてないみたい」

 

「何か話した?」

 

「何も。ほとんど動かないよ」

 

 

 

それでも毎日、潤は反応の薄い翔に話しかけた。

 

この10年で話した数は、初日に越えた。

 

毎日、ぼんやり、庭を見て座るだけのアンドロイド。

 

翔の代わりに、TAMAが家事を頑張っていた。

 

 

「潤、ごはーんっ出来たよっ」

 

「ありがと。翔、待っていてね?」

 

潤の声に、翔は潤を見つめるが、その目は何も感情はない。

 

 

 

 

 

TAMAが、毎日翔のことを教えてくれた。

 

「翔さんは、潤が好きそうな物を毎日、すごく調べてたよ」

 

「どうして? ……毎日?」

 

「潤に喜んで欲しいからだって言ってた」

 

「そう……」

 

翔は、潤の態度が悪くても、怒ったことはない。

 

メニューが変わろうが、部屋の模様替えがあろうが、何も気にした事は無かった。

 

きっと、難しかったはず。

 

たった1人で、人間の潤が喜ぶものを探して。

 

 

 

 

 

……アンドロイドは、いつから心があったんだろう。

 

それ以前に、自分は彼を人間だと思っていた上で、冷たく当たっていたでは無いか。

 

身勝手で、何も真相を知ろうとはしなかった。

 

初めから彼に聞けば、教えてくれたかも知れないのに。

 

 

 

「翔、ごめん」

 

 

ぼんやり座るアンドロイドは、10年間見てきた中で、一番穏やかな顔をしている。

 

毎日、話しかけるうちに、時々笑ってくれるようになった。

 

彼が、感情をどんな時も出さなかったのは、傷ついていたからかも知れない。

 

 

 

誰よりも、人らしく。

 

愛情深い彼は、もうアンドロイドには思えない。

 

ただ、翔の回復を祈るだけ。

 

潤にできる事は、他には無い。

 

優しく話しかけ、そばで一日過ごす。

 

「これは、きっと……冷たかった俺への神様からの罰なんだろうな……」

 

俯いて呟くと、翔が微笑んだ。

 

「そう思うでしょ? ……返事なんか……そりゃ、できないよね」

 

微笑む翔の頬を、優しく撫でた。

 

高性能の彼の頬は温かくて、人間そのものに感じる。

 

 

 

 

翔が微笑んでくれるなら。

 

生きていてくれるなら。

 

それだけで良いと思うようになっていた。

 
 
続く