(BL/櫻葉SA/妄想小説)

 

 

(5)last

 

 

 魔法が終わった現実に戻ると、お兄さんの容体は安定していた。

 

けれど、目が冷める気配は無かった。

 

ただ、待つ時間が過ぎていく。

 

 

あの短い、一緒に過ごした時間だけが頼りだった。

 

愛されていたの?

 

愛してくれていたの?

 

答えは、この先しか分からない。

 

 

でも。

 

愛してくれなくても良いから。

 

生きていて欲しい。

 

ただ、もう一度だけ、僕の名前を呼んで欲しかった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

森は、暗くて広かったけど。

 

森の外は、さらに広かった。

 

光が、飛んでいく。

 

星が、流れて、光って落ちて消えていく。

 

雅紀は、どこにいるんだろう。

 

 

さっきは、声が聞こえたのに。

 

耳を澄ます。

 

雅紀に会いたかった。

 

寂しい俺を救ってくれた人。

 

この世の何も、失って怖いものは無かった。

 

けど、雅紀だけは、失いたくない。

 

会いたい。

 

抱きしめたい。

 

もうずっと前から、俺は、……彼を愛してた。

 

 

――――

 

 

森に一人で、魔女は立ち尽くす。

 

寂しい森は、行き場のない魂が、迷い込む。

 

その魂たちに、問いかける。

 

生きていたい魂を、この世界へ帰すために。

 

「愛してる人の名前を呼べ」と。

 

 

魔女の大切な人は、自分の名前を呼んでくれなかったから。

 

この世の果ての森は、あの世へ続く場所だった。

 

 

――――――

 

 

静かに、眠るお兄さんは、時間が止まったよう。

 

お兄さん……僕は、一度も名前を呼んだことが無かった。

 

もう、呼んでも良いかな。

 

白く、細くなったお兄さんの手を握って、名前を呼んだ。

 

 

「翔さん……翔さん……翔……」

 

声に出したら、涙が溢れてきた。

 

「会いたいよ……翔」

 

 

その時、ぎゅっとお兄さんが、僕の手を握り返した。

 

「……雅紀……」

 

「お兄さん! ……翔!」

 

「やっと……会えた……雅紀……前より綺麗になったね」

 

 

窓から光が差して、眩しそうにお兄さんが目を開けた。

 

その窓の光より、お兄さんは眩しかった。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

全てが眠る、茨の森。

 

愛しい人が、眠っているから。

 

……そっと森に行く。

 

君を眠りから起こす為に。

 

君に愛してもらうために。

 

勇気だけを胸に、森を走り出す。

 

 

 

魔女が指差す方は、この森よりも広くて迷うけど。

 

どんな場所にいても、きっと見つけ出す。

 

愛する君に、ただもう一度会いたいから。

 

ただ、愛してるって、伝えたいから。

 

 

 

愛だけを見つめる、その森は、天国にも似ていた。

 

 

 

「眠れる森の恋人」<end>