山に咲く桜の花を、ほんの一目でもあなたと一緒に眺められたなら、こんなにも花が恋しいとは思わないのに ( 大伴家持・万葉集 )











少年は夢を見た
満開の桜の下で語りかける
青年の夢を


季節が巡ってくるたび
少年は幾度も同じ夢を見た



少年は夢を見た
満開の桜の下で微笑む
青年の夢を


ただ微笑むだけ
あたりは静寂を保ち
花散る景色だけが
音をつくる


青年は
何かを待っているようにも見える
少年は思い切って話しかけてみた


ナニヲシテイルノ?と


すると青年はゆっくり顔を上げ
『ある人を待っている』と
答えた

そしてこう続けた

『でも、会えたかもしれない』と


少年を見つめると
満面の微笑みで
頬を染めた



少年はそれを見て
キュッと胸が縮んだ

ある人に会えた?

その青年の微笑みは
ある人に向けて?




その時少年は思った
自分がその「ある人」になりたいと


そして柔らかな微笑みを向ける
青年に想いを伝えた


「ボクガ、アルヒトニナルコトハ
デキナノ?」と


青年は少しだけ視線を外すと
何も言わずにただ空を見上げた







ひらり

ふわり

舞い散る桜を見上げ


「間に合うかな」


そう一言告げると
散った花弁を両手でかき集め
少年の頭にそっと乗せた

「待ってる」の

言葉ととともに



少年が不思議そうに見つめていると
青年はもう一度

「ずっと、待ってるから」


そう少年に告げた

そして
青年はその言葉を最後に
桜と共に消えていった


頭からハラリ落ちる桜を眺め
少年はいつまでも
最後の言葉を繰り返していた


ズット、マッテル?
ズット?





















それからも
少年は夢を見た
ただ以前とは少し違う
不思議な夢

浜辺に寄り添うように立つ
古木
懐かしい記憶が蘇る
切なさと共に










いつか出会うかもしれない
青年の横顔を記憶に刻み

少年はそっと目を閉じた




桜夢