その瞬間

時間が・・・止まる


俺は・・・

声のする方へ顔を上げることができないでいた


転がった釣銭を

きれいな指が拾い上げ

かがみこんだ

俺に声をかけた



懐かしい声・・・・

忘れるはずのない

声・・・・




「翔・・・・ちゃん?」




ピクリと体が震える



その声に反応するんだ・・・・
俺は・・・今でも




「翔ちゃん・・・でしょう?」




その声はもう一度俺の名前を呼ぶ


だが・・・動くことができない




ゆっくりと近づくスニーカーが

視界に入り込んできた

そして目の前で止まる




「・・・すみません、人・・・違いでした。はい、これ」



そういうと、俺の目の前に拾った釣銭を置き


スニーカーは方向を変え視界から消えた



息ができないでいた・・・・




呼吸を始めた瞬間



時間が・・・・動きだす



ざわざわと店の喧騒が聞こえてきた



ただ
その一瞬だけは

何も聞こえなかった

あいつの声以外は

何も・・・・



釣銭を拾うと

振り返ることなく

足早に店を後にした


振り返る人の様子で

流れ出る熱いものが涙だと気づく


感情が暴走する


思わず天を仰ぐ



花びらはすでに散り始め
葉桜となって俺の目に映る



「一歩遅いんだいつも・・・俺は」




そこに咲いていたであろう

満開の桜を思い返し



満面の笑みを浮かべた

あいつをそれに重ねる




『翔・・・ちゃん』



名前を呼ばれた気がした


幻聴?



ここまでくると・・・さすがに重症だ(苦笑)


黄緑と薄桃色の斑な並木を眺めながら

歩く・・・


ひらりと目の前に舞い落ちる

最後の・・・ひとひら



無意識に受け止めようと手を伸ばす


同時に背中に感じる衝撃・・・・


何が起こったのか・・・

わからないでいた


俺は手にした桜の花びらに

視線を落とす



背中が・・・

やけに熱く感じた


葉桜が・・・・南風にそよぐ