ある大学生の男は、高校時代からの親友と、スズキという海のブラックバスを釣りに、頻繁に出かけていた。ブラックバスのように疑似餌で釣るのではなく、夜釣りで、大きな天秤錘にイソメをつけて遠投し、竿先に鈴をつけて獲物がかかるのを待つ、釣り方だ。
愛知県と三重県の境目にある河口で、いつものように釣りをしていた。対岸の遠くには、長島スパーランドというテーマパークが夜にも関わらず空を昼間のように照らしている。
獲物がかかるまでの間、親友との会話をいつものように楽しむ。その親友はとある難関国家試験に向けて猛勉強中で、色々プレッシャーを背負いつつ、しかもいつ鈴が鳴るかわからない釣りをしている。男は就職活動を無事に終えて、後は卒業を待つばかりと暢気なものだ。
釣りをしない人にとってはピンと来ないかもしれないが、潮の満ち引きによって、潮どまりといって、魚の活性が下がり、まったくと言っていいほどつれなくなる時間帯が数時間続く。これは避けられない。その間は、一応竿は出すが、獲物がかからないのはわかっているので、近くに駐車している男の車に乗り込み、仮眠をとることにした。男は、行き道にかかっていたCDをそのままうっすら流しながら、エンジンをアイドリングしてエアコンで涼みながら、友人と寝そべった。
しばらくすると、いかにも極道という風貌の男二人が、力をこめて数回車のウインドウを叩いた。男は慌ててウインドウをあけ、何事かと言葉も出なかった。
「お前ら、エンジン音もCDもうすさいんじゃ。この近くにうちの事務所があっての。寝られへん。どうしてくれる。」と、割と冷静ながらも、ただならぬ凄みを含めて絡んできた。確かに、その河口のあたりは農家か大邸宅か、どちらかしかないような閑静なところだ。組長の家があってもなんらおかしくない。絡んできたのはお付の人だ。
絡んできたとは言葉が悪い、深夜にアイドリングしていたのは自分たちの方だったから、ひたすら謝罪した。極道たちは許す気配を見せない。
「運転席のお前、どこに住んどるんじゃ。言うてみ。」 「名古屋市の緑区から来ました。」 声が震える。「名前は?」「佐藤です。」
「運転席のお前。運転免許証見せろ。」 「は、はい・・・・」 大学生の男は、手を震わせながら免許証を差し出した。
「確かに、緑区で佐藤だな。うそじゃねえな。」 「緑区にもうちの事務所があるから、(車の音に)気をつけろよ」
と言い残し、何も手出しをしないまま帰っていった。
しばらく、親友と呆然とした。何せ、人生経験の未熟な大学生が、極道に絡まれ、免許証で個人情報を把握されたのである。どうにかされるのかと、背筋が凍りついたまま、溶けないでいた。
ふと、思い返してみた。名前を聞かれたとき、偽名を名乗っていたらどうなっていたのであろう。住んでいるところを聞かれたとき、違うところを言っていたらどうなっていたのであろう。
そんな呆然としたまま、極道との会話で開いていた車のウインドウの外から、「リンリン・・・・」と竿先の鈴が鳴った。