いよいよこれから決勝。
昨日は早く寝て、なんとか起きました。
アメリカは強いけど、がんばれ日本!

今日のお話には結論がありません。いつものことかもしれませんが。。。
スミマセン

今月のナショナルジオグラフィックジャパン(2011.7号)はクレオパトラの特集だ。
クレオパトラはエジプトのプトレマイオス朝の最後の統治者となった女王である。

プトレマイオスというと私が思い出すのはプトレマイオスの地図である。
関係ないかもしれないが、同じ名前であるのは何か関係あるのか、
気になってしまうのだからしかたない。
もうひとつ、昔読んだ教科書にはプトレマイオス(トレミー)の地図、
と書いてあった気がする。
トレミーって何だろう。今ままで調べたことがなかったので、
あわせて調べてみることにする。

まずは、プトレマイオス朝から。
プトレマイオス朝は今月のナショジオによると紀元前304年のプトレマイオス1世がエジプトの
ファラオとして即位してから、紀元前30年クレオパトラが(胸を毒蛇にかませて)没するまでをいうのだな。
ありゃ、wikiでプトレマイオス朝を調べると紀元前306年から始まっている。
またありゃ?にもかかわらずプトレマイオス1世の在位が紀元前305年から紀元前285年になっている。
大事なことなのかもしれないが、良くわからないので大体このあたりということにしよう。

で、世界地図を作ったプトレマイオスは、手元の詳説世界史研究(山川出版社 第七刷)
によると2世紀のローマの人なのだな。
wikiで見ると「クラウディオス・プトレマイオス」(83年頃-168年頃)とある。

プトレマイオス朝が滅んでから大体100年後の人らしい。

こうなると良くわからないなぁ。
この「プトレマイオス」という名前(名字)が、当時のローマで一般的だったのか。
wikiの解説では「プトレマイオス」はギリシャ人の名前らしい。
プトレマイオス1世はアレクサンドロスに仕えたマケドニア人。
マケドニアがギリシャのマケドニア地方のことだから、
双方ともギリシャ出身なのだな。
となると、出自は同じギリシャだけど関係はなさそう?と思ってしまう。
(根拠ナシです)
これ以上は、わからなそうなので止めることにしよう。

で、次にトレミーについて。
これまたwikiによると「英称はトレミー (Ptolemy)」とある。
ふーむ、Pは黙字なのだな。ってか英称って何?
英語での読み方なんだろうけど、当時からそう呼ばれてたのか?
それとも、後世の人がそう呼んだのか?
PtolemaeusをPtolemyって書くのは何で?

ってな訳でPtolemyを本家英語のwikiで調べると。。。
やられた、日本語よりプトレマイオスについて何となくだけど
分かりやすそうに書いてある。

というところで、今日は眠いのでここまでにします。
仕事でトラブル発生
もうちょっとで始末書を書くところだった。
っていうか、半分書いていたんだけどね。
とりあえず、セーフ。
つかれた・・・