ここ何ヶ月の出来事が、自分に色々と考える機会を持たせている。
身の回りに起こる出来事に意味を持たせることは、少し違うことだと思っているけど、結局は自分が招いたことだけしか自らの身にふりかからない。
自分に対して厳しく考えすぎるのは良くないことだとは思うが、それだけは間違いないことだと思う。
今の自分に起きていることは、これまでの自分が作ってきたもの。
不慮の事故や病気はそれには含まない。
ただ「なんでこうなるんだ・・・」と思うことはほとんどが自分のせいだ。
今風邪をひいていることも、トラブルを抱えていることも、望まぬ現状が目の前に広がっていることも、すべてこれまでの自分がそうさせている。
言いかえれば、未熟な自分が蒔いた種が芽を出し、それを今の自分が摘もうとしている。
ただ、まだこれはましな方で、芽を摘もうと思えているから、そのことに気付けているからいいんです。
これなら自分が成長する機会にすることができる。
簡単には摘みとれるものじゃないけれど・・・。
だが、逆にそのことに気付かず、芽が伸び幹となり、大きな木になってしまったらどうにもならない。
気付かないまま、一生その木を自らの内に生やしたままになる。
実際に今抱える問題の根源も、考えてみると過去の自分にあると思える。
その自分というのは、気付いていなかっただけで、様々な問題を引き起こす要因になっていた自分のこと。
これまでの僕のことは、以前にここに綴りましたが、それだけでない問題がある。
何度も何度もトラブルが降りかかってくるのは、そこに原因がある。
ただ、それがなかなか明確にならない・・・。
きっとこれだ、と思えることがいくつかあるからだ。
あまり細かく考えすぎると、深みにはまるかもしれないけど、それでもここを乗り越えないと何も変わらない。
表面だけを取り繕っても、必ずほころびが出てきてしまう。
生まれてきたからには、死ぬまでの間、ちゃんと生きていたい。
横道にそれて、道を外れてしまっても、しっかりと元の道に戻って歩み直したい。
自分が描く理想の自分に、少しでも近付きたい。
ここのところ、まともな思考を重ねることが出来ていないかもしれなく、ここに綴ったことも客観的に見るとおかしなところがあるはず。
しかし、それでもいいと思い、綴りました。
必ず乗り越えます。