決断 | The passenger of life

The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。

決断をするということは、人生の方向を今とは違うにものに変えること。

ゆえに簡単に決断はできない。



決断をする理由は様々だが、そこへ容易にたどりつくことは皆無だろう。

悩みに悩んで決める。



悩みの過程でも決断をしなくてはならない。



己の中で取捨選択をし、思考をシンプルにしていく。

想いがシンプルであればあるほど決断への推進力は増していく。



そして、そのタイミングがやってきたときに、その行動を起こす。






誰かが決断をしたとき、そういったものをどう思うか。



浅はかなことだ・・・と思うか。

よくぞ言った!!と思うか。

理解に苦しむ・・・と思うか。

勝手にすれば!?と思うか。



どう思ってもいいと思う。

他人の人生だから。



でも、自分の言葉としてそれを口にするなら、最低でもその人がそこに至るまでの想いを汲み取らなければいけない。

それがない発言は、自分が配慮の無い人間であると言っているのと同じだ。



誰かの想いに意見するということは、それだけ責任のあることだと認識するべきだ。



たとえそれがこのようなネット上であってもだ。

文章はいかようにも自身を作り上げられる。



リアルでは言えないことも、ここなら言えてしまう。

しかし、ここで言っていることは、現実の自分の中にも間違いなく存在する自我だ。



どんなときでも己が放つ言葉には自分自身が含まれていることを忘れてはいけない。



見えないところでの発言も、必ず表に出てくる。

それは自身の人格に影響を及ぼす。

そして人が離れていく。



人間らしく豊かに生きていきたい。

こういうことを考えるたびに強く思う。