依存症(10) | The passenger of life

The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。

まとまったお金がある。

当然のごとくパチンコもスロットも打ちたい。

勝ち負けではなく、ただただ打ちたい。



自分の中の悪魔はとても強くて、勝てるような相手ではありませんでした。

でも、もうひとつこんなことを同時に思いました。



今年は京都に行けていない。

パチンコで大負けしたと思って、京都に行こう。



運よく会社の休みとカレンダーの休みが重なり、連休が間近にありました。

すぐに旅支度をして、新幹線に乗り込みました。



その車内で駅弁を食べ、ビールを飲み・・・

どうせパチンコで負けるはずだった金だから・・・と贅沢をしました。

そんな気持ちで飲んだビールだったけど、久しぶりに飲んだ缶ビールはうまくて泣けました。



ボクは学生の頃から、一年に一度は必ず京都に行っていました。

なにをするわけではないのですが、あの場所の空気が好きだったんです。



そのときも、現状から逃げ出したくて、ただその空気の中に飛び込みたいだけでした。



でもね、京都に入っても、僕の中身は変わりませんでした。

どこに行ってもパチンコ屋がある。

看板を見かけるたびに脂汗が出てきました。



結局、京都に来てもなにも変わらない自分に絶望してしまいました。

その絶望はある意味、とても悲しい絶望でした。



そんな中、京都に行くといつもしていたことがあって、それだけはしておこうと決めていました。



お寺によっては朝の説法があるんですが、それを聴こうと・・・。

もうね、自分の力じゃどうにもならないってわかってたんだよね。

神頼み・・・じゃなくてお釈迦様頼みでした。



その日の晩もやっぱり眠れなくて、ほとんど眠れないままお寺に行きました。

まだ日が昇らないうちにお寺について、お寺の石段に座っていました。



しばらくして太陽が明るくなってきました。

すると一人のお坊さんが声をかけてくれました。



おはようございます。説法を聴きに来られたのですか?

と。



そのあと今日のお話のことを軽く話してくれました。

ボクも東京から来たことと、昨夜眠れなくてそのままここに来たことを伝えました。



すると、お坊さんがこう言いました。



それはお釈迦様がそうさせたのかもしれませんね。

必ずしも手を差し伸べ、救済することが全てではないですね。

力を内に秘めている人には、特に若い人にはあえて苦行をさせようとします。

昨夜眠れなかったからこそ、今ここであなたに会えました。

ぐっすり眠っていたら、会えていなかったでしょう。

悪いことのように思うことも、反面が必ずあると思います。

少なくとも、私はあなたと話せてよかったと思っています。



こんなことを話してくれました。

なんかね・・・ボクのことをこの人は全部わかってんのかな?って感じました。

その上であえてこんな風なことを話してくれたのかな・・・って。



少しね救われたんだ。

人のせいにすることができた。



誰のせいかというと・・・

お釈迦様。

ボクは無宗教だから、お釈迦様じゃなくてもいいんだけど、全般的にいえば神様だね。



神様がオレにこんなに辛い思いをさせてるんだ!!

って、そのときは本気で思ったんだよ。