まとまったお金がある。
当然のごとくパチンコもスロットも打ちたい。
勝ち負けではなく、ただただ打ちたい。
自分の中の悪魔はとても強くて、勝てるような相手ではありませんでした。
でも、もうひとつこんなことを同時に思いました。
今年は京都に行けていない。
パチンコで大負けしたと思って、京都に行こう。
運よく会社の休みとカレンダーの休みが重なり、連休が間近にありました。
すぐに旅支度をして、新幹線に乗り込みました。
その車内で駅弁を食べ、ビールを飲み・・・
どうせパチンコで負けるはずだった金だから・・・と贅沢をしました。
そんな気持ちで飲んだビールだったけど、久しぶりに飲んだ缶ビールはうまくて泣けました。
ボクは学生の頃から、一年に一度は必ず京都に行っていました。
なにをするわけではないのですが、あの場所の空気が好きだったんです。
そのときも、現状から逃げ出したくて、ただその空気の中に飛び込みたいだけでした。
でもね、京都に入っても、僕の中身は変わりませんでした。
どこに行ってもパチンコ屋がある。
看板を見かけるたびに脂汗が出てきました。
結局、京都に来てもなにも変わらない自分に絶望してしまいました。
その絶望はある意味、とても悲しい絶望でした。
そんな中、京都に行くといつもしていたことがあって、それだけはしておこうと決めていました。
お寺によっては朝の説法があるんですが、それを聴こうと・・・。
もうね、自分の力じゃどうにもならないってわかってたんだよね。
神頼み・・・じゃなくてお釈迦様頼みでした。
その日の晩もやっぱり眠れなくて、ほとんど眠れないままお寺に行きました。
まだ日が昇らないうちにお寺について、お寺の石段に座っていました。
しばらくして太陽が明るくなってきました。
すると一人のお坊さんが声をかけてくれました。
おはようございます。説法を聴きに来られたのですか?
と。
そのあと今日のお話のことを軽く話してくれました。
ボクも東京から来たことと、昨夜眠れなくてそのままここに来たことを伝えました。
すると、お坊さんがこう言いました。
それはお釈迦様がそうさせたのかもしれませんね。
必ずしも手を差し伸べ、救済することが全てではないですね。
力を内に秘めている人には、特に若い人にはあえて苦行をさせようとします。
昨夜眠れなかったからこそ、今ここであなたに会えました。
ぐっすり眠っていたら、会えていなかったでしょう。
悪いことのように思うことも、反面が必ずあると思います。
少なくとも、私はあなたと話せてよかったと思っています。
こんなことを話してくれました。
なんかね・・・ボクのことをこの人は全部わかってんのかな?って感じました。
その上であえてこんな風なことを話してくれたのかな・・・って。
少しね救われたんだ。
人のせいにすることができた。
誰のせいかというと・・・
お釈迦様。
ボクは無宗教だから、お釈迦様じゃなくてもいいんだけど、全般的にいえば神様だね。
神様がオレにこんなに辛い思いをさせてるんだ!!
って、そのときは本気で思ったんだよ。