出来ることを出来るとこまで | The passenger of life

The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。

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先日訪れた福島の地。

多くを語る必要はないけれど、この目で見て感じたことは、やはり記録に残しておきたい。

記録というよりも、自分の記憶にだな。



でも、絶対にあの日のことを忘れない!!とかではない。

忘れたくても忘れられない人たちにとっては、そんな言葉は口に出すべきものではないと思うから。

あくまで日常のなかに、これからの未来に向けての想いに「自分のことだけではないんだぞ」という気持ちを抱き続けてといたいと思う。



この写真はとある小学校の校門を写したものです。

中にはショベルカーが見えます。

写真には収まっていませんが、フレームの外側には削られた土が山盛りに積まれています。

除染です。



訪れた土地のどこの学校でも同じ作業をしていました。

こんな言葉は使いたくありませんが、胸が痛みました。



起きてしまったことについては、どうにもすることができず、ただ全てを納得して生きていくこともできず、とても苦しい現実があります。

それでも生きていかなければならないし、家族を守らなければならない。

その想いの強さはどこに住んでいたって同じだと思う。



ツイッターで糸井重里さんがこんな呟きをしていました。



「できないこと」を無理やりやろうとしても、はじめることさえもできなかったりします。

また「できること」は、簡単だとはかぎりません。

少し無理することも、持続できるかぎりはアリです。



これは復興の現場に立つ方々にとっても、また普通の暮らしを送れている我々にも共通することだと思いました。

支援のことだけじゃない。

僕らが元気でなければ活気がなくなる。



仕事をして稼いで使って、どんどん日本を回していく。

そこに無理があったとしても、続けていければ、自分の現実がその無理に追いついていく。

そして、もう限界だ!!と思ったら力を抜けばいいだけの話だ。



なんて、そんな簡単なことではないのはわかってる。

だけど、なにをやっても簡単なものなんてない。



でも経験上、無理を続けてそれがなんでもなくなり、成長するなんてことは日常的に起き得る事。

スポーツだって、過酷なトレーニングで自分の限界を突破して成長していく。



ここでは綴れないが、福島では衝撃的な光景を目にした。

それは災害地の惨状ではなく、絶対にマスコミなどでは倫理的に報道しえない光景。



人間はどこに生きていても、どんな状況でも、どこまでも人間なんだ。



ボクはやはりここでがんばって生きていく。

そしてがんばる人たちを応援して、一緒に成長していきたいと思っています。