思い出 | The passenger of life

The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。

人はいつかあの世へ旅立つ。

それをどう捉え、受け入れ、生きていくかは人それぞれだと思う。



先日、祖母が亡くなったのだが、様々なことを考えた。



長い間生きていれば、本人にも周囲にも色んな出来事が起こる。

その中で身に付くものや、変化する人生観など、たくさんの思惑が絡み合い、その人の人生が形成されていく。



そのことについてあれこれ考えるのは、あまり意味のないことだろうし、もちろん過去から学ぶことはしなくてはいけないが、むやみに人の過去に土足で踏み込むようなことはしたくない。

その人が幸せであったかどうかも、その人にしかわからないから、考えるのは控えたい。



そんなことよりも、その人との思い出が大切だ。

良い思い出は心を暖かくしてくれるし、悪い思い出も人生を学ばせてくれる貴重な教訓だ。



もちろん、つらい感情を抱いてしまう思い出もあるだろう。

その人から受けた苦痛があれば、それが尾を引くことも理解している。

言葉を選ばなければ、それは憎しみだとかそういうものになる。

人の思いは複雑だから。



そんなことを踏まえて、思い出話をしたい。



僕が小学生のころ、体調を崩して学校を早退することがよくあった。

両親が共働きだったので、迎えには来てもらえず、いつもは自分で歩いて帰っていた。



ある日、いつもよりかなりきつい状態になってしまったことがあり、自分で歩いて帰るのが厳しいときがあった。

当時は携帯電話などもなく、また両親とも外回りの仕事をしていたため、時間がかかってもいいから迎えにきてもらうということもできなかった。



先生が送ってくれると言ってくれていたが、頑なに断っていた。

諸事情があって、誰かに迷惑をかけることを、僕がすごく嫌っていたからなんだけど・・・。



しばらく保健室で横になっていたが、すぐによくなることもなく、時間が過ぎていった。



すると、担任の先生が「おばあちゃんが来てくれたよ」と祖母を連れてきた。



緊急連絡先として、家族の勤務先以外に祖母の家の電話番号が学校には控えられていた。



しかし、祖母は車を運転できない。

30分以上を歩いて学校まで来てくれたんだ。



着の身着のままの姿で迎えに来てくれた祖母を見て、すごく嬉しくて、わんわん泣いた。



後で聞いた話ですが、祖母は電話をもらうなり「すぐに駆けつけるからそれまでお願いします」と言ってすぐに電話を切ってしまったそうです。

先生は車で祖母を迎えに行って、僕を連れて帰ってもらおうと思っていたから困ったと言っていました。




時間をかけながら、一緒に家まで歩いて帰った道の景色と記憶は、今でも脳裏に焼きついています。



晩年、祖母は痴呆の症状が出てしまい、僕の顔を見ても誰だかわからなくなってしまっていました。

やはりそれはつらく、悲しいことではありましたが、これまで受けてきた愛を思えばなんでもありませんでした。



もうこの世では祖母に会うことも話すこともできませんが、暖かな思い出がひとつだけでもあればいい。

そう思っています。



今でもなにかあるたびに、心配そうな顔をしてやってきた祖母の姿を思い浮かべます。



おばあちゃん、天国でおじいちゃんと仲良くしてね☆