なんか色んなことにゲンナリして

書く気力が薄れてました。

あ、もちろん新衣装の彼らには
大興奮してましたよ←
別バージョンも素敵だし、
ペルー公演の
ポンチョ&被り物も可愛かった。


毎回「無事に終わって良かった」が

合言葉になっている南米公演の日々。

ホテル前の喧騒に心を痛めたのは

メンバーたちや海外のARMYだけではなく

自国のARMYも声を上げていました。

だからこそ「また来る」と言った彼らの言葉は

本当に嬉しかったんじゃないかな。
自分の国に来てくれた彼らに

嫌な思いをさせたくない。
それは、みんな同じだと思う。

なのに。

アンチ行為をする人間が悪い。
そんなことはわかっていると誰もが言うのに

アンチ行為につながりかねない

シパ同士のマウントの取り合いを

一向にやめようとしない人たちがいる。

他シパへの苦言を記事に書いた、

その舌の根も乾かないうちに、

♡マーク付きで自推しシパに
萌える記事を書く。
配慮というものが、どこにもない。

鈍いのか?
……鈍いわけではなかろうよ。

他人への苦言は、
ごくまっとうな内容として
あえて表に出す。

それなら、自分の発信がどう見られるかも

わかっているはずですよね。
それでもやるなら、厚顔というほかない。
他人には配慮を求めるのに、

自分は他シパを刺激しかねない発信を続ける。
その矛盾をどう説明するんだろうか。

彼らの安全を何より優先したいと

署名へのリンクを貼れば「不安を煽る」。
「集団のような圧力」?
通報と同じく、署名だって

賛同するかどうかは個人の意思です。
参加するもしないも自由。

それなのに、メンバーの安全を心配して

声を上げることには批判的なのに

自分たちのシパ妄想を表で発信することには

ずいぶん寛容なんじゃねえの?

最近のテテへの脅迫行為についても、

シパ界隈から発信されたものが
問題になっている。
もちろん、個々の脅迫の動機や責任は

具体的な証拠に基づいて判断されるべきです。
ただ、シパ妄想や対立が、
最悪の形で
メンバーに向けられる危険があることは

もう無視できない段階に来ていると思います。
それなのに、鍵記事の判断は
「自分の基準で」なんて話にしてしまう。
いや、もうそんな段階じゃなかろうが。

自分の中だけで楽しむことと

メンバーの言動を勝手に恋愛物語に変換して

それを表で発信することは違う。
ましてや他のメンバーを引き合いに出したり

誰かを下げることで
自分の推しを持ち上げたり。
そういう発信が積み重なれば、

本人たちの意思とは関係のないところで

対立や攻撃の燃料になることだってある。

他人に言及し、他人の発信を批判する人なら、
なおさら自分の発信にも責任を持ってほしい。

アメブロには、シパを自認していても

そういう記事を絶対に表では
書かない人たちがいる。
書いたとしても、鍵の中に収めている人だって

グテシパにもグミシパにもいると思います。

つまり、できないわけじゃない。

表に出すかどうかは、自分で選べるんです。
安全を願うと口にしながら、

シパ発信の拡散はやめられない。
自分たちの発信が誰にどう届くのか、

そこには考えが及ばない。

でも、署名を募る人には
「不安を煽る」と。

その薄っぺらい基準に、

私はうんざりしているんだと思います。

あなた方が彼らの笑顔や、

InstagramのBGMや、
身に付けるブランドに

「気づいてる」かどうかなんて、
鍵の中で自慢したらええのよ。

誰よりも早く気づいたとか、

これは二人だけのサインだとか、

自分たちだけが真実を知っているとか。
そういう話を鍵の中で楽しむことは
誰に止められるものではない。

でも、彼らはあなたたちの妄想を

証明するために活動しているわけじゃない。
ましてや、誰かの妄想のために

別のメンバーが攻撃されていいはずもない。

メンバーの安全を願うことと、

自分たちのシパ妄想を守ること。
その二つを都合よく使い分けないでほしい。

彼らを守りたいという言葉が本心なら、

まずは自分たちの発信が

彼らにとって何を意味するのか。

そこは考えられているんだろうか。