グクのWラ以来、SNS一部が荒れてますね。
アメブロでは冷静に距離を取りながら
受け止めている方々の文章が
多く見受けられると思います。
もちろん、そう言った意見とは
反対の方々もいらっしゃるのは承知です。
ファンだったからこそ失望した、
裏切られたと感じた。
そうした感情そのものを
否定するつもりはありません。
応援してきた時間が長いほど、
期待と現実のズレに戸惑うことは
誰にでもあると思います。
ただ、その感情を根拠に、
憶測を事実のように積み重ねて
批判を続けることは、
もう「意見」では
なくなっている
そう感じています。
批判は行動や発言に向けられるものですが、
憶測は、見えない内面や意図を
決めつけるところから始まります。
そこには検証も責任もありません。
好きだったからこそ厳しく見る、
という言葉は一見正論です。
けれど「好きだった」という事実は
際限なく言ってもよい理由には
ならないはずです。
ファンであることと、
対象の人格や動機を勝手に定義することは
別の問題、ですよね?
センセーショナルなタイトルをつけ
閲覧数を稼ぎたいサイトの
戦略にまんまと載せられて
中身を見たら大したことない。
こんなこといくらでもありますが
今、彼を批判する人の多くが
これと同じことをしているのでは、
と、疑問を感じずにはいられません。
身近に感じたくて会いに来てくれる。
その時の言葉や行動に
過度に重みを持たせる必要は無い。
ニュースになるほどの大発表や
重大告白みたいな内容でしたっけ?
意見が違うこと自体は問題ではありません。
けれど、憶測を重ね続けることで
ひとりの人間像が固定化されていく流れには、
違和感も抵抗感も大いに感じる。
応援の形は人それぞれです。
離れることも自由です。
でも、離れたあともなお
憶測を根拠に語り続けることが、
本当に健全な距離の取り方なのかは
考えてしまいます。
感情として言えば、
もう十分ではないでしょうか。
これ以上、想像で誰かを語り、
叩くことが続かないことを願っています。