【それ、本当に減税ですか?市中の金を増やさない「帳簿付け替え型減税」への違和感】

選挙を前に、「減税」と「給付」の言葉が踊っています。特に自民党の補完勢力である公明党は、「減税と給付の適切な組み合わせ」を掲げ、所得税の課税最低限の引き上げや生活応援給付を推進する姿勢を打ち出しています。一見、庶民の味方のように見えるこの政策ですが、肝心なところで根本的な矛盾があります。

それは、「市中の金が増えない」こと。

減税の本来の目的は何でしょうか?
それは、家計や企業の手元資金を増やし、消費や投資を活発にして経済を回すことです。つまり「民間のお金の総量を増やす」ことが基本です。

ところが今の政権与党やその補完勢力がやっているのは、「財源の裏付けが必要」として、減税の分を他の支出を削って帳尻を合わせようとする。

それはもはや減税ではなく、帳簿の付け替えに過ぎません。

消費税を下げたら、その分の財源をどこから持ってくるか?という問いに対して、社会保障費を削るとか、他の増税をするような発想をしていては、結局、国民全体の可処分所得は増えません。

これは単なる「付け替え型政策」であり、経済を成長させるどころか、財布の中の中身を一部入れ替えているだけ。むしろ手間がかかるだけで効果は薄く、結果的には「やってる感」だけが残ります。

さらに、公明党は「消費税減税には財源確保が難しい」「自民党との調整がある」として、消費税減税の公約化を見送りました。「検討は継続」と書いていますが、それは実施しないことの言い換えに過ぎません。

国民にとって大事なのは、「実際に生活が楽になること」であり、「形式的に減税といって満足すること」ではありません。

市中の金を増やさない減税政策に、いったい何の意味があるのでしょうか?
「減税する」と言いながら、別の財布から回収するような経済政策は、減税の看板を掲げた「徴税」ではないのか。

私たちは、もっと根本的に問わなければなりません。

それは本当に、減税ですか?