Carpe Diem

Carpe Diem

日々更新とか無理で、でも日々更新が夢。2003年から闘病生活。色々失った私がみつけたりするちっちゃな幸せ、不条理な世の中に思うこと、心に溜まって行きそうなドロドロ。一貫性はなく、浮き沈み激しいけど、書くことで自分も誰かも楽になれればと思います。

久々の投稿です。
ログイン自体も久々。
また文章を書いて心の整理をしたい気持ちと
それがこの場なのかという気持ちがせめぎあうので
ちょっとした日常をちょっとだけ。




初夏めいた昼間
窓際で猫が日向ぼっこして寝てました

だんだん陽が傾いて来て
肌寒くなって
目が覚めたぽかぽふわふわの猫を抱き上げました

ずっと寝てたからご飯食べてないのに
午前中よりちょっと重く感じました

太陽光発電で幸せ貯めたのだと思います

いつも幸せをくれる子だから
絶え間なく無償の愛をくれる子だから

私の寿命を半分あげたいくらい愛しい存在です


いつも一緒に居てくれてありがとうね


やはりこの方がしっくり来るのは文章がいつも長いからだろうか。

未だに見てくれる人がいることを嬉しく思います。

このブログを始めた頃といまは違う場所の部屋で打っている私は

私自身、違和感。

あの頃より、いる場所は苦しい場所かも知れない。

拘束はあの時のものは消えたけど、新しい拘束は生まれていて

何だか逃げ出すことが難しいこの頃な感じ。




本当はもっと書くことに毎日時間を割いてみたいと思いつつ、

私は写真を挙げるでも、最近の話をするでもないから、

考える時間がちゃんと欲しくて何だか時間だけが過ぎていく。



今もちゃんと生きてはいるのだけれど、薬はいまだに常用でツライ。

種類は減ったけれど、薬の副作用と、薬の依存でなかなかやめれなくなった現実と向き合うしかない。

薬を止めるのにも時間が掛かることで、そのタイミングも大事。

止めるという心はいましっかり在っても、環境がまだ全然整えられてなくて

私は踏み出せない。

心にもぽっかり穴があいたようで、買い物依存なのか欲が凄くて気持ち悪い。



どんな自分像を見せたいのか解らないけれど、

正直、いま書いたことを消してしまいたい。

でも本当の気持ちであるから書けた。

消さないうちに投稿だ。
夕方まで歩いた靴は、1日目にして足を痛めた。

靴屋に寄って新しい靴に履き替える。平らな靴。ヒールじゃない。

セールで買った靴だもの。
足が痛くて歩くのが苦痛の靴だもの。
立ち止まった時だけ綺麗な靴は要らない。
歩けない靴はお店で処分してもらった。

捨てた子と数センチだけだけど、ヒールが無くなった。

捨てた子とは数百円だけだけど、値段は上がった。


歩ける靴で帰って、湯船の中に浸かる。
足が寒さではなくジーンとしてる。
今日は夕方まで無理させたね、ごめんね。
ありがとうって答えてるのかな、この痺れ。


数週間前に誘われて車で向かった奥多摩は落葉の景色だったんだ。

でも最近の私の周りは紅葉の景色なんだ。

心が良い方に行ってるのだね。


身体の脳と書いて、『脳』と書き、
心の脳と書いて、『悩む』と書くのですね。

現代文というより国語の話。

本来は悩むことは無くて、困ることとかだったのかな、とか。



FBで繋がっている人には
ただの言葉遊びに捉えられそうで嫌だったので
こっちで...