銀行員の男が母親と一緒に妻とみられる遺体を埋めた事件。

「息子を守りたかった…」“妻殺害して遺棄”息子の犯行を手助けした母の歪んだ愛情

 

 

殺人を犯したことを打ち明けられた時点で

我が子であったとしても、まずは警察に出頭するように説得、もしくは

応じなければ110番で警察に直接通報するといった行動を取るのが

正しい道徳観や倫理観を備えた大人の行動だと思います。

 

 

しかし、この溺愛母は

「息子を守りたかった・・・」と供述。

 

この供述の深層心理には、

 

私の息子は絶対悪くない!

息子がどんな罪を犯したとしても原因は

息子ではなく相手(嫁さん)のせい。

という極悪非道の反省しない赤ちゃんゴコロが

あったのではないかと思われます。

 

 

※赤ちゃんゴコロとは

脳が未熟で視野がとても狭く

自分のことだけしか

見えてない・考えられない

0歳時期特有の思考のことです。

 

 

●参考赤ちゃんゴコロの最高峰に君臨するのは死刑囚

●参考四大赤ちゃんゴコロの末路

四大赤ちゃんゴコロの裏付けのとなった書籍はこちらです。

 

 

 

 

死体遺棄を息子に頼まれたからと

手伝ったというこの異常な母子関係。

 

 

共依存家族には家系に脈々と続く、祖先崇拝が根底にあります.

これは元々、日本人の持つ宗教的価値観でもあります。

そこへ父親の持つべき父性が正常に機能しておらず、

事実上、母による独善的な家庭内統治が行われているマザコン一家。

マザコン一家は祖先崇拝を土台とし、母性に見せかけた母親の赤ちゃんゴコロむき出しの完全支配で

父性の欠乏した家族は自己愛と被害者意識に囚われた

歪んだ価値観、すなわち赤ちゃんゴコロを何層にも渡って形成していきます。

またそのことを異常だとは家族全員が気づきません。

 

そして今回の事件では

 

「私は特別な存在。家族なんだから悪くたって

責めないで許してよ」という「赤ちゃんゴコロ」と

※自分を特別な存在と思うのは、あるがままの存在でチヤホヤされていた

赤ちゃん時代の栄光を大人になってからも引きずっている状態です。

このことを赤ちゃんゴコロと言います。

 

 

 

「家族なんだから何でも許すのが愛」という

 

 

暗黙の「愛のファミリールール」が

あったのだと思われます。

※愛のファミリールールとは一族・一家が定義する愛のルールのこと。

 

 

妻を殺害した後に

「殺してしまったから埋めるの手伝ったくれ」と母親に頼むのも

息子は母親へ幼少期からの「いつものように必ず許してくれる」という確信や

信じ込みがあったからではないでしょうか。

 

 

共依存親子は

親がいつまでも自分を必要としてほしい親側のエゴもあるので

子ども=身内の「罪」を隠蔽するようなことも平気でします。

 

 

殺害後、警察に捜索願を提出し

チラシを作って情報提供を求めたり

「事実」をまるで無かったことのようにして

家族が振る舞っています。

 

 

●参考マザコン一家の言う「家族なんだから」の弊害

 

 

 

殺害し、母親と一緒に奥さんを実家に埋めて4か月

どんな心境で暮らしていたんでしょうか。