フェスティバルホール | A Cheap Log.

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Kei

9月も残り半分。朝晩過ごしやすなったけど日中まだ暑い。

今日は久々にゲリラ豪雨に雷連発。

先月の大阪の落雷日数は昭和18年に次ぎ戦後最多。大阪でこない落雷多かったんホンマ珍しい。

昔この手の仕事関わってた頃に宇都宮やら金沢やら落雷多発地帯あちこち行ったけど、関西は被害は少なかった。名阪国道は雷の通り道で周辺の工場は大変やったけど大阪はホンマ災害がほとんどあれへん平和な地区。

免停明けまであと10日弱。二輪に乗られへんのは痛い。電車も面倒臭い。久々にチャリ乗ってあちこち行くようなった。

ピーカンの先日は中之島に用事でプラプラ走っとった。

学生時代の4年間バイトで過ごしたこの街。プラネタリウムや美術館できたり京阪が開通したりこの20年でだいぶ変わった。

フェスティバルホールも建替工事ほぼ終わって来月には竣工。


小学校ん時にブラバンでフェスも大阪厚年も演奏した。6年ん時に西日本優勝で全国出た。
先生にホールの良し悪しを当時教えて貰うた。後で知ったけど元N響。子供ながらにそんなん自慢せん先生は偉い人やと思った。

この頃は毎日時間を使い切ってた。通学中に本読んで学校行って勉強に部活にブラバン、帰宅したら近所の子らと野球やったり日暮れるまで遊んで夕食済んだら寝るまでデスクで勉強に絵描きに趣味に没頭、テレビなんか全く見んかった。

細野不二彦サンの「あどりぶシネ俱楽部」の鬼拳の話を思い出した。
…果たして今の俺はあの頃の自分を超えられてるのか…

目一杯生きてた子供ん頃。小学校の同窓会も私学で住んでる所バラバラやったのに毎回ぎょうさん集まった。あの頃みんな毎日が楽しかったんや。


先生に頂いた年季モノのクラは修理で4万程かかったけど楽器屋サンに「ええモンやから大事にしたって」言われた。フランス製Marly。低音の響きが特にええ。国産の軽い音やのうて深みのあるクラらしいあったかい音が出る。

今もたまに吹いたりする。優勝した時に演った「グラナダ」はまだ何とか吹ける。
人数や編成、アレンジもこんな感じやった。パンチある曲で演ってて爽快やった。

http://www.youtube.com/watch?v=nBvNZEpQH7U 

クラのリーダーで発表会前に結構難しいソロパートの仕上げで朝6時から一人学校で練習したり毎度のステージの準備と音合わせ、色んな事が懐かしい。

最後に人前で演奏したンは大学ん時の教会のクリスマスやった。
レイチャールズやら何曲か演った。久々やったけどビックリする位ええ音出とった。終わってみんなで四条界隈で飲んでベロベロなって明け方聖護院のマンション帰った。



西日本優勝の演奏は主催の放送局がLP作ってくれはった。

長い事聞いてないけど久しぶりに探してターンテーブルで聞きたなった。