命の重さ | A Cheap Log.

A Cheap Log.

Kei

今週も早かった。今日はメチャ蒸しとった。ネクタイしたら汗が吹き出すようにダラダラ流れ出す。週の前半はカラッとして夜は過ごしやすかったンが、後半から湿度が急に上がって結構堪えた…

熊本は大変な事になっとる。国体開催後ずっと不景気続きで厳しい中、市内中心部まで被害拡大するとかなりキツい。博多でさえ一時期財政再建団体に陥りかけた事あったのに大丈夫なんやろか…


今週はなんやかやバタついて3時間弱の睡眠が続いた。寝が足らんとやっぱシンドイ。

昨日は国内最大手の設計事務所に呼ばれて久々に顔出した。

時間空いたら来て言う事やったんで昼から車出して出掛けよとしたら、バッテリー上がって動かへん…急いでチャージャー繋いだけどそないすぐは動かん。暫し寝て待った。

淀屋橋までチャリ乗ってもそないかからん。水曜も朝から天満までチャリ飛ばして30分程。夜半に帰ったが途中ゲリラ豪雨でビショ濡れなった。

この日は資料やらカタログやらテンコ盛りでチャリは無理。車が何とか動いて先方に着いたんは夕方5時やった。

前に仕事で行ったんが8年前。よう覚えててくれはった。緊急案件で急がんとアカンらしい。
決まったらデカい。今年はまだ大型物件決まってへんから早よせなアカン…


ニュースでは連日大津の事件が報道されとる。

橋本大阪市長が記者会見で声を詰まらせてはった報道見て、漸くこの事件を詳しく知った。

日本に生きる子供達が最初に社会に飛び出していく「希望に満ちていた筈の」学びの場が、こんな凄惨な苦しみの場になってしまったんかと思うと、ホンマやりきれん…

http://www.youtube.com/watch?v=gRfsuT-KMs8&feature=related 

人間さんが一番エライと思い込んどる諸兄も多々おられるやろが、人間ほど無意味な行動をとる生き物は他におらん。

猫でさえ子供に危険が迫れば首根っ子咥えて我が子を守ろうとするのに、人間は個人的感情だけで平気で他人や生き物を傷つける。それも下らん己の自尊心の為だけに…

上野動物園のパンダの子供も短い生涯を終えた。関係者の方々のショックは大きいやろう。

「今度見に連れてって」と約束してはった親子も落胆しとるんやないかと思う。


そやけど一方で人間の都合で処分されていく生き物は、今も決して少なくない。


我が家に最初に来てくれたみぃ子。

訳あって僕が後を継いだ会社を飛び出し「明日からどないしょ」と、自宅前でバイクいじってた時、何となく背後から視線を感じた。

振り返ると、向かいの家の間から一匹の変わった柄の猫がこっちをじっと見とった。

暫く様子を見て「おいで」と手招きしたら、意外にもこっちにすんなり寄って来て、家の中に入ってきた。

それから10数年。子供に恵まれんかった僕ら夫婦はこの子に助けられ、共に生きる中、幸せを一杯貰った。

別れの時は堪えられん程辛かったが、今は色んな思い出と感謝の気持ちで一杯。


今一緒に暮らすチビとユキも、早いモンで3年になる。

深夜コンビニに行ってなかったら、この子達との出会いもなかった。

縁がなかったら、この子らも連れて行かれて命を全うせん前にあの世に行ってたんかもしれん。

ペットショップで高い値段付けられ小さい籠の中で拘束されてる子らも、この子らも同じ一つの「命」なんや。


戦時下、人は身近な大切な人が「お国の為」命を賭して散っていく中、今よりも遥かに「命の尊さ」を痛感してはった筈。

「もう二度とあんな事で大切な人を失いたくない。」平和な世の中を切望して70年近く経た現在の日本。

あの時、命を懸けて国を守ろうと自らを犠牲にしていかれた先達の方々が今の日本を見て正直どない思いはるやろう…

僕が通った学校は、幼稚園から大学までずっとキリスト教やった。

信者にもならんかったし最終的には学校で教える「神」というモンを信じなくなった僕が、それでも学んだ事の中で今も自分なりに守ってるんは「自分がされて嫌な事は、出来るだけ他人(他の生き物)にしたらアカン」事だけ。

子供は残酷やという人もいる。そうやない、「痛み」が分からんからや。「家」という絶対保護区から初めて外に出て、良くも悪くも色々染まりながら人は生きていく。

そんな中、様々な経験を通し、「気付き」の数が人を成長させていく。

子供が未成熟でしたらアカン事をするんは仕方ない。

それを助け育てるんが親であり学校であり社会の筈やった。

長期低迷の国内に於いて、弱い人間が強くなろうとせんと余計にクズになって逃げていく。

自分を大切に出来ん人間は、他人に敬意を払い大切に思う事は絶対出来へん。


「教育」いうモンが今こないなってしまった元凶は、そこに尽きるんやないやろか…


みぃ子