1970年代
サンフランシスコ
スライ・&ザ・ファミリーストーン
当時、サイケデリックサウンドのメッカだったサンフランシスコで、
DJだったスライ・ストーンはサイケとR&Bをミックス。
メンバー「新しい事を自由に演奏することで、リアルさが生まれた。」
スライはJBよりも新しいアイディアに対してオープン。
また、ラリー・グラハムの新しいベース奏法。
ラリー・グラハム
とても陽気。チョッパーベース。跳ねるような音。
黒人よりも、白人に気に入れられた。
R&B・ロック・ファンク・ジャズ・ブルース・ポップス様々なジャンルを融合させた。ジャンルの壁を飛び越えた存在。
社会状況・・平和運動と公民権運動が一体化して行った時代。
71年「暴動」 暗い印象の曲が増えた。
これ以降、輝きを無くしていく。
混乱の時代、新しいメッセージ性の音楽が生まれていく。
マーヴィン・ゲイ
モータウンは黒人の社会的立場に敏感だった。
そんな中、彼はベトナム戦争など社会的メッセージを歌った「プロテスト・アルバム」を作りたいと提案した。
彼は社会の動きを音楽に反映させた。 泥沼から抜け出し新しい時代を切り開こうとみんな必死だった時代だった。
60年代、にJBが行った事を、70年代に「マーヴィン・ゲイ」や「スティービー・ワンダー」はやろうとした。より社会的な存在であろうとした。
ほとんどの都市で黒人暴動が起こり、街には麻薬が氾濫していた。
71年にJBバンドからブーツィーが抜ける。その頃は、社会的批判に見切りをつけて「リズム重視」になっていった。
P-Funk ファンカデリックとパーラメントとの合体
強烈なステージでSF的なコンセプトのファンタジーの主人公を黒人にしたような演出だった。しかし、音楽も衣装もユニーク過ぎて、アングラ連中にしか理解されなかった。
白人は高音を強調するが、黒人は低音を強調する。
黒人の音楽的ルーツはリズムセクションによるものだった。
R&Bもロックンロールもドラムがリズムを作り出す。ドラムはコミュニケーションの楽器。ドラムを叩くことで、メッセージを伝えていた。
ファンクの真髄は「ドラムとベースのうねり」だ。その他に何が乗ってもファンクになる。
70年代半ば ファンクが黒人音楽の中心に
様々なバンドが基礎のファンクにいろんなジャンルをミックスして行く。
アース・ウィンド&ファイアー
オハイオ・プレイヤーズ
クール&ギャング
