Speed Ascent の詳細 | 平山ユージ Official Blog「STONE RIDER」 Powered by Ameba

Speed Ascent の詳細

昨日は残念だった(ノ_-。)


ノーズの番組が12分と長いからちょっと大きなニュースがあるとダメみたいだね。


また日が決まったらブログで伝えるねグッド!



と言うことで詳しい報告でもさせてよ。






知っている通り春のボルダーで攻めすぎて指を痛めたのが正直この目標の始まり。


指を痛めてなかったらヨセミテは考えていなかっただろうな~


でもいろいろ考えた末に浮かんだアイデアがスピードだったんだよね。





それにしても七月の2時間43分33秒の新記録は出す予定もできるとも思っていなかった。


照準はあくまで秋9月下旬から10月上旬に記録を狙うと思ってたんだ。でもアメリカ到着するなりアメリカのメディアが待ち構えていたんだ。到着した直後に新聞社のインタビューを受け、最初のトライにもうカメラマン数人が入ってたんだよね。。。ちょっと焦った。


そして毎回タイムが上がるから「次には記録は出ますか?」なんて調子で聞かれていると4回目のラストトライではこれで出さないと平山&ハンス株は急降下に。。。なんて考えてしまった。これ正直なところ。


そんで7月に2時間43分33秒の新記録が出てしまったんだ。

そういったメディアの期待が高かったからその盛り上がりも現地では凄かった。

2007年にフーバー兄弟によって記録が破られたからその辺も絡んで周りの興味も増したんだろうね。




帰国後。。。約2ヶ月をジムでノーズを意識して一日30ピッチ、週2回が僕のメニューとなった。天候が悪かったり夏と言うこともあり岩場はその間3日しか行かなかった。それでも相当登りこんでいたから飛行機に乗るときは凄く調子が良かった。




そしてヨセミテで予定通りノーズを2回登った登った翌日不運が起こる。


ビレイ点を作る作業に入ろうとして大墜落。。。慣れないパートナー(ハンスではないよ)とマルチに行ったのが原因かもね。。。

いつもだったらデイジーとインクノットでビレイ点をすばやく作るんだけどパートナーが安全に対して過度に敏感になっていて3つ4つの支点を要求してくるおまけに均等過重だとかパワーポイントだとかうるさくてごちゃごちゃやってるうちにデイジーがごっちゃになっちゃってデイジーを綺麗に直す際にいつもだったらはずさないところをはずして元のところにクリップしたつもりが元のところクリップしていなかったんだ(カラビナをテーピングにクリップしていた)。

そして2ピッチそのまま登ってビレイ点を作る作業中、デイジーに体重を乗せたらブチッと来てしまったんだ。最後のオレンジTCUから10m近く離れていたから僕の墜落は20m~25mはあったと思う。


痛みよりも、自分の踵から足首全体が腫れてきたのを見たとき相当ヤバイと正直思った。


でも翌日。。。驚いた。

医者での診断でレントゲン、MRI共に目立った異常は無かった。

チャレンジの可能性が一気に広がった。

多少予定変更はあったものの3回目のノーズに行きその三日後予定通り最初の記録挑戦をした。



そんなんで練習は十分では無かったが全力を尽くすクライミングでいろいろハンスとのコンビネーションや細かいところでの修正点が見え2時間48分23秒だったが手ごたえは十分あった。





日本からの取材陣も着て毎日が楽しかった。

それまでは一人でトポを眺めてる時間も多く静かな時間が多かった気がする。




天候チェック


前夜に最終チェック

そしていよいよ10月12日を迎える
朝の気温は0度以下になり10時にスタートすることになった。


テキサスフレーク15ピッチ前後でのショートフィックス


ブーツフレーク16ピッチ目
ブーツフレークには一個もプロテクションを取らない
( ̄_ ̄ i)

右に振って~

それから左に行く

キングスウィング





グレートルーフ21ピッチ目途中までの同時登攀

ここまでほぼ記録を作ったときのラップタイムと同じだった。

しかしここからが速い!!


30ピッチ目

ラスト10ピッチはラップタイムをグングン上げ



終わってみれば

2時間37分05秒だった。



エルキャップから降りてきてシャンペンシャワー

ほろ酔いで報道陣からインタビュー



ハンス君と乾杯


今回はハンス君と最高の思い出を作れた気がする。
5歳年上の彼からは沢山学ばせてもらった。
彼のようなパートナーはもう期待できないよね。

記録はもちろんだけどそれ以上のものを僕らは見つけた気がするね。

さてさて続きはテレビかな~~


関係者一同の集合写真o(^▽^)o

チョキ