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自らの文章のアーカイブと考えている

Meg どくんご 婆娑羅の旅

 東京近郊に来ると必ず観に行っているテント芝居の劇団「どくんご」を2014年9月9日に観に行った。場所は井の頭公園である。

 時間的に余裕があるのでMegに行ってみようと思った。
 Megは吉祥寺では老舗と言われるジャズ喫茶だ。
 Megは何年前から知っているだろう…30年以上前から知っているはずだ。
 オーナーの発言や文章を読んで「合わない」と思い行かなかった。

 吉祥寺では古くはFunky、それ以降はA&Fに行っていたからだ。

 Funkyは地下がJBLのパラゴン、一階がJBLのモニター、二階がアルティックA7をマッキントッシュでドライブしていてマッキンルームと名づけられていた。
 リクエストカードはレシートについていたので、1グループというか1テーブルで1枚(無論A面かB面か)だったので、友人と行っても別々に座ったものだ。
 前の道はまだ未舗装で、映画館の向かいにあった。
 いつ行っても込んでいた。

 そのFunkyが建て直され普通の喫茶店になってから一回行った。
 三階の物置のようなスペースにパラゴンが置かれていたのを見たのは悲しかった。
 そのとき吉祥寺という街、そのものが大変貌を遂げていた。
 駅前には籾殻から卵が顔を出して売っていてた卵屋や、色々な砂糖を銀色のスコップで量り売りしていた砂糖屋などが軒を並べていたが、それらがすっかり無くなっていた。

 それからしばらく立ってからA&Fに行くようになった。
 A&Fは好きな店で随分行ったが、閉店してしまった。



 そのような種々の想念の中、午後5時にMegに行った。
 なんと入れなかった。
 喫茶タイムが午後5時までで、午後7時からバータイムとのこと。その間は休みなのだ。
 本当にMegとは縁がないんだな、と思った。


おとなりのクラシックを聴かせる店もお休み



 そう思うと俄然旨いコーヒーが飲みたくなってカフェ・ラ。ミルへ行ってデミタスを飲んだ。





 「どくんご」の舞台はジブリの森美術館の裏手、とのことだった。
 井の頭公園はFunkyが開く前によく行き時間を潰したし、高校の時の文化祭のときに公園近くに住んでいた女性を送っていったこともあったし、動物園にはデートで行ったこともあるので、何も調べないで公園の方へ行った。
 ところがジブリの森美術館は想像もしないほど遠方だった。
 7時開場7時半開演のところを7時開演と勘違いしていたから間に合ったものの、勘違いしていなかったら遅れたかもしれない。

 ジブリの森美術館は閉館日で、その近くの案内板を見ると三鷹駅からの方が100メートル近いことがわかった。
 万助橋という橋から玉川上水に沿って歩くと三鷹駅に着くという。
 三鷹だったら婆娑羅だろう、と反射的に思った。





 そして、公園の暗闇の中にテントのあかりがぽっかりと見えた。
 そしてスーパームーンか何かでおっきな黄色がかった満月。その満月に時折霞がかかる。重陽の節句の満月の下の今回の「どくんご」のテーマは宇宙。できすぎ…



 どくんごはいつものごとく超満員。当日券はキャンセル待ちしかなかったが、80人くらい入ったのではないか…
 この劇団を見て思うのは構成の巧みさだ。
 そしてテントの使い方だ。
 カーテンのような背景画を脇に寄せるとそこには夜の公園が広がる。
 昨年は北越谷駅前でやったので、バスやタクシーを待つ人々の中に役者が消えていった。
 今年はプロローグがすごかった。闇の公演から宇宙服を来た6人が登場したのだ。
 また、公園のはるか向こうから役者が自転車に乗って登場したりした。もちろん一般の通行人も通る。
 芝居を見ながら帰りは婆娑羅だと思っていた。

 ところがである。
 芝居が終わったのは9時50分!
 私の不安は婆娑羅の閉店時間だ。
 10時あるいは10時半だと間に合わない。
 どくんごは終幕後、みんなで打ち上げをやる。キャストもスタッフも客もみんなだ。
 それに参加せず三鷹駅に向かって歩いた、歩いた。

 ところがこの道が玉川上水に沿ったいい道なのである。
 東京の小学校に通ったことのある者なら「玉川兄弟」のエピソードは知っているはずだ。
 しかし頭の中は婆娑羅の閉店時間でいっぱい(笑)

 三鷹駅に着いたが賑やかな方だったので、駅を抜け反対の婆娑羅側に出て、店の前まで行くとやっていた。閉店は11時とのこと。
 ここに来た最初は今から20年ほど前。
 三鷹で戦争被害にあったフィリピン女性のシンポジウムがあった時、呑むところを探していて店名と店構えで偶然入ったのだった。
 前回来たのは10年ほど前。今日で4回目。20年で4回だから5年に1回のワリだ。

 お通しは「うりの塩もみ」。器がいい。惜夏の趣か…

 ここにはオリジナルブレンドの焼酎がある。
 店主が好みの芋焼酎を3種類ブレンドしてあるのだ。これが楽しみ。
 他に弘前産の酒「ん」もいい。

 焼き物を貰い、煮込みも貰った。
 ここの煮込みは「味噌汁煮込み」の趣があり、ひとつひとつ小さなフライパンで作るので少し時間がかかる。
 厭きない味だ。

 さて、このレポートのテーマはなんだったか?
「どくんご」だったかMegだったか…

THE★落花生 第8回公演『木更津シンデレラ』

 シンデレラとは何だろう?
 恵まれない女性が、幸福をつかむ話だと思う。
 それが幸福かどうかは実は分からない。エンディングで幸福だと決められているから幸福なのだ。

 それは被抑圧階層としての女性の願望を代弁しているのかもしれない。
 変身願望ではなく、当然の要求が成就されることへの願望である。それが階層性を基盤にする王室に帰着することは、結局階層性を打破できない悲しみを表現するとともに、女性の抑圧は永遠に解けないことを暗示しているようだ。

 当劇団の本を書いている小泉喬平氏は、誰でも知っている題材あるいはテーマを解体し、別構築することに快感を感じているように見える。それは観客との共感関係の上に成り立っている。

 今回は木更津から幕張へのロードムービー(劇だからロードプレイか)で、高校時代の恋愛模様が貧しさ故に旅立ちの契機となるという設定である。

 場所は幕張のキャバクラであるが、そこで恋をすることが人生にどれほど大きな意味があるかを主張する。しかし、恋をすることと、恋愛関係になることとは根本的に異なる。
 恋は突然発生するが、その先の恋愛になると承認願望が生まれるところが難アリなのだ。

 恋の成就とは何なのか?
 あたかもシンデレラの願望達成と同意義にあると設定できる。
 成就など幻想で、あり得ないとしてしまえばいいものを人はその弱さ故にそれを求める。そして、それに拒まれると生地を後にするのだ。
 シンデレラになれそう、というセリフは長い抑圧の歴史を背負わされた女性特有のものであろう。それは悲しく切ない。
 またシンデレラ役の女優が表情をほとんど変えないところも結局はその悲しさを表しているように思えた。

 そして、人はどこに戻るのかを問うている。
 帰着地点は簡単だ。
 否定したかった自分だ。

 ところが舞台は数多くのロマンスに彩られている。
 これは本の巧みさだろう。役名や多くのくすぐりが計算されていて、本を読んで再鑑賞したいと思わせる。

 選曲を含めてSEがいい仕事をしていた。
 役者が演出の意図をよくくみとっていたように思えた。

 個人的にはキャバクラ「幕張ビビデバビデブー」のママが店を開いたら是非行きたいと思った。

2014年9月6日から7日 阿佐ヶ谷かもめ座にて
作・演出:小泉喬平
シンデレラ
木更津セット
安倍組閣の女性活用 part3

松島みどり法務大臣もやっぱり…

彼女の発言から

「イラン人は宗教上の理由で豚肉なしのメニューをわざわざつくるですとか、あるいはパン食したかったら希望をとるとか、逆差別でずるい」
 禁忌のものを「食べさせる」これは拷問。憲法でも、拷問等禁止条約でも禁止されている。法務大臣が別に法律に詳しくなくてもいいけど…

「犯罪者の人権などというのは二の次、三の次」
 刑法は「教育刑」が基本。また冤罪も視野に入っていないもよう。


「凶悪犯罪者については、心を入れかえたというふうに刑務所でといいますか法務省が判断してからでなければ世の中に出してはいけない」
 罪刑法定主義をご存知ない?恣意的無期刑が合法になる時代が来るかも?

「小学生の女の子たちがプールで水着姿で遊んでいる映像か何かを見せて、変な反応を示さないかどうかなどというのをうそ発見器みたいな形のイメージで点検して、これは真っ当になったと思ったら出す」
 性犯罪者対応が全くないのが日本。性犯罪者が自らの欲望をコントロールできるようにする機関が必要。だいたい「変な反応」って誰が判断するのか?