アナと雪の女王…高橋源一郎からの伝聞
2014年6月26日朝日新聞の論壇時評に「アナ雪と天皇制」というタイトルで、高橋源一郎氏が各論壇誌からの拾い読みを載せている。
「アナ雪」の姉のエルサは女王に即位するために「能力(魔法)」を封印する。
中森明夫氏は
「幼い頃、能力を発揮した女たちは、ある日『そんなことは女の子らしくないからやめなさい』と禁止される。傷ついた彼女らは、自らの能力を封印して、凡庸な少女アナとして生きるしかない。王子様を待つことだけを強いられる」
彼が思い浮かべるのは雅子妃殿下だ。
キャリア官僚が能力を封じられ、男子を産むことだけを期待され、心身症になってしまう。
「皇太子妃が『ありのまま』生きられないような場所に未来があるとは思えない」と結ぶ。この原稿は依頼主の中央公論から掲載拒否された。
赤坂真理氏は敬宮愛子についてこう述べる。
「生まれてこのかた『お前ではダメだ』という視線を不特定多数から受け続けてきたのだ。それも彼女の資質や能力ではなく、女だからという理由で。(略)彼女は生まれながらに、いてもいなくてもよくて、幼い従兄弟の男児は、生まれながらにして欠くべからざる存在なのだ。なんという不条理!それを親族から無数の赤の他人までがごくごく素朴に信じている」
上記ふたりの指摘は、雅子と愛子が闇に落ち、しかも誰も助けられないことをみんなが知っている残酷な状況をあきらかにしている。
もし彼女らがフツーの幸せを願うなら離脱しかない。
上野千鶴子先生は憲法の天皇条項の変更に賛意を示している。
「人の一生をかごの鳥にするような、人権を無視した非人間的な制度の犠牲には、誰にもなってもらいたくない」
皇室制度などたかだか100年ほどの制度だというのに、なぜこんな非人道的制度が残っているのだろう。
政治政策の常道からすると誰かが得をしているのだ。
少なくとも快楽亭ブラックではない。
ジャズの夜 大阪編 part7
いーぐる(四谷)の後藤さんも「なぜあんなにケンカしたのか?」と述懐しているがジャズファンの好みは壮絶だ。だから好みのプレイヤーを尋ねることは、宗教対立の激しい地域で宗派を問うようなものだからタブーでさえあった。政治的にも公民権運動から「怒り」を示したプレイヤーもいれば、アフリカ系プレイヤーから搾取した?ディブ・ブルーベックのような人もいた訳だ。
ジャズ喫茶でレコードをかける時も、プレイヤーがダブらないように気を遣ったものだ。サイドメンさえダブらないように配慮するのは結構大変だったと思う。だから同じリーダーのアルバムが続くということは以前ではあり得ない革命的なことなのだ。
彼はクリスのプレイも褒めたが、ピアノとトロンボーンも褒めた。そして、A面が終わると「B面の方がいいんだよね」と言って今度はB面をかけたのだ。同じリーダーのLPが3回続いたのである。
ソニー・クリスが終わると今度はテディ・ウィルソンと北村英治のイイノホールでのライブ盤をかけた。サイドメンも含めて実にいいプレイをしているのだ。私はその1曲目が終わったところで自分の人生のあるひとコマに訣別するような決意を持って席を立った。
「もっと聴いていたいのですが、飛行機の時間があるので」と外に出た。レコード3枚分の一期一会だった。私が出ると店の灯りは消え、音もしなくなった。おそらく場所的な問題もあり二度と行けぬかもしれない。オーナーの年齢的な問題もあるだろう。本当にレコード3枚分の一期一会だった。その後はバスでJR香里園に出て、京阪の準急と普通を乗り継いで門真市まで行き、そこからモノレールで大阪空港まで行ったのだが、バス路線で渋滞していためか飛行場についた時間はぎりぎりだった。搭乗口に着いた時にはもう搭乗が始まっており、しかも残り少なかった。
今回の大阪のジャズ喫茶巡りで感じたことのひとつは確実な高齢化である。もうひとつは趣味化、つまりジャズ喫茶で経営できているところなどないのだ。トップシンバルのマスターが夜のバータイムがあるからやっていける、と言っていたしブルーライツが商業的には全くメリットがないだろうことは容易に想像できる。
だから逆に熱も伝わってくる。いいモノを聴きたい、聴かせたい、いい音で聴きたい、聴かせたいという熱意だ。ブルーライツのオーナーは「ジャズはずいぶん前に亡くなったので古いレコードしかありませんが」と前置きしたが、同感である。だからこそその年代のレコードの聴ける空間が必要なのである。「レコードにこれだけの音が入っているのにその音を引き出せないのは私たちの責任だ」とまでブルーライツのオーナーは言いきった。レコード信者の私としては深く深く頷くことしかできなかった。
これはあたかもコルトレーンのヴィレッジバンガードコンプリートを象徴していたのかもしれない。死後30年以上経ってから凄まじい演奏が発見されるのだから。
それらが朽ちてゆくことは残念でならない。そしてけして記録されることのない音の記憶も同時に消えてゆく。エリック・ドルフィーが言ったように…
いーぐる(四谷)の後藤さんも「なぜあんなにケンカしたのか?」と述懐しているがジャズファンの好みは壮絶だ。だから好みのプレイヤーを尋ねることは、宗教対立の激しい地域で宗派を問うようなものだからタブーでさえあった。政治的にも公民権運動から「怒り」を示したプレイヤーもいれば、アフリカ系プレイヤーから搾取した?ディブ・ブルーベックのような人もいた訳だ。
ジャズ喫茶でレコードをかける時も、プレイヤーがダブらないように気を遣ったものだ。サイドメンさえダブらないように配慮するのは結構大変だったと思う。だから同じリーダーのアルバムが続くということは以前ではあり得ない革命的なことなのだ。
彼はクリスのプレイも褒めたが、ピアノとトロンボーンも褒めた。そして、A面が終わると「B面の方がいいんだよね」と言って今度はB面をかけたのだ。同じリーダーのLPが3回続いたのである。
ソニー・クリスが終わると今度はテディ・ウィルソンと北村英治のイイノホールでのライブ盤をかけた。サイドメンも含めて実にいいプレイをしているのだ。私はその1曲目が終わったところで自分の人生のあるひとコマに訣別するような決意を持って席を立った。
「もっと聴いていたいのですが、飛行機の時間があるので」と外に出た。レコード3枚分の一期一会だった。私が出ると店の灯りは消え、音もしなくなった。おそらく場所的な問題もあり二度と行けぬかもしれない。オーナーの年齢的な問題もあるだろう。本当にレコード3枚分の一期一会だった。その後はバスでJR香里園に出て、京阪の準急と普通を乗り継いで門真市まで行き、そこからモノレールで大阪空港まで行ったのだが、バス路線で渋滞していためか飛行場についた時間はぎりぎりだった。搭乗口に着いた時にはもう搭乗が始まっており、しかも残り少なかった。
今回の大阪のジャズ喫茶巡りで感じたことのひとつは確実な高齢化である。もうひとつは趣味化、つまりジャズ喫茶で経営できているところなどないのだ。トップシンバルのマスターが夜のバータイムがあるからやっていける、と言っていたしブルーライツが商業的には全くメリットがないだろうことは容易に想像できる。
だから逆に熱も伝わってくる。いいモノを聴きたい、聴かせたい、いい音で聴きたい、聴かせたいという熱意だ。ブルーライツのオーナーは「ジャズはずいぶん前に亡くなったので古いレコードしかありませんが」と前置きしたが、同感である。だからこそその年代のレコードの聴ける空間が必要なのである。「レコードにこれだけの音が入っているのにその音を引き出せないのは私たちの責任だ」とまでブルーライツのオーナーは言いきった。レコード信者の私としては深く深く頷くことしかできなかった。
これはあたかもコルトレーンのヴィレッジバンガードコンプリートを象徴していたのかもしれない。死後30年以上経ってから凄まじい演奏が発見されるのだから。
それらが朽ちてゆくことは残念でならない。そしてけして記録されることのない音の記憶も同時に消えてゆく。エリック・ドルフィーが言ったように…
ジャズの夜 大阪編 part7

店の入り口には「営業中」の札がかかっていてドアは開いたものの電灯は点いておらず、音も鳴っていなかった。立ち尽くしていると右手から白髪の老人が出てきて、すぐ近くの椅子に座れと言うので座った。その指示はストーブの近くだという意味だった。
実際のコンクリートホーンを目の当たりにするとすさまじい迫力だった。縱1.8メートル、横2.7メートルのコンクリートホーンが2発あり、その他計6発のホーンでドライブしている。さらに部屋の内部を見渡してみると、部屋の構造自体がホーン化していて、天井や壁は定在波を打ち消すために波打っていた。
彼はレコードリストを持ってきて何を聴きたいかと尋ねた。大阪に来て本当によくそうきかれた。かつてジャズ喫茶の方からリクエストをリクエストされることなどなかったはずだ。混んでいる時などリクエストを断られたりしたものだ。
初めは躊躇していたのだが、リストだけでも見てみようと思って開くと、コレクションの他にリクエスト可能な物には赤い印がついていた。ソニー・クリスはどんなLPに印がついているかを見てみると「ゴー・マン」「アイル・キャッチ・ザ・サン」に印がついていた。その自然な流れで「アイル・キャッチ・ザ・サン」をリクエストした。
かつてはジャズ喫茶に開店と同時に入り、その日一番最初にかかるLPの無音溝に針が落とされ、音が出てくるまでの数秒間のスリルを楽しんだ。店によってはそのテの客を嫌がり音を出してから開店するところもあった。まさにその追体験をしているみたいだった。
音が鳴り、クリスのアルトが鳴った瞬間、本当に驚いた。素晴らしい音なのだ。無理のない余裕のある音圧と高音のヌケの良さ、これらは初体験の素晴らしさだった。
A面が終わると、彼は「次は何をかけますか?」と尋ねてきた。どぎまぎしていると、「この頃のクリスは頭から音が出てくるようだけど、初期はもっといいよね」と言ってクリスの「クロスロード」をかけ始めた。
かつのジャズ喫茶ではありえないことだ。

店の入り口には「営業中」の札がかかっていてドアは開いたものの電灯は点いておらず、音も鳴っていなかった。立ち尽くしていると右手から白髪の老人が出てきて、すぐ近くの椅子に座れと言うので座った。その指示はストーブの近くだという意味だった。
実際のコンクリートホーンを目の当たりにするとすさまじい迫力だった。縱1.8メートル、横2.7メートルのコンクリートホーンが2発あり、その他計6発のホーンでドライブしている。さらに部屋の内部を見渡してみると、部屋の構造自体がホーン化していて、天井や壁は定在波を打ち消すために波打っていた。
彼はレコードリストを持ってきて何を聴きたいかと尋ねた。大阪に来て本当によくそうきかれた。かつてジャズ喫茶の方からリクエストをリクエストされることなどなかったはずだ。混んでいる時などリクエストを断られたりしたものだ。
初めは躊躇していたのだが、リストだけでも見てみようと思って開くと、コレクションの他にリクエスト可能な物には赤い印がついていた。ソニー・クリスはどんなLPに印がついているかを見てみると「ゴー・マン」「アイル・キャッチ・ザ・サン」に印がついていた。その自然な流れで「アイル・キャッチ・ザ・サン」をリクエストした。
かつてはジャズ喫茶に開店と同時に入り、その日一番最初にかかるLPの無音溝に針が落とされ、音が出てくるまでの数秒間のスリルを楽しんだ。店によってはそのテの客を嫌がり音を出してから開店するところもあった。まさにその追体験をしているみたいだった。
音が鳴り、クリスのアルトが鳴った瞬間、本当に驚いた。素晴らしい音なのだ。無理のない余裕のある音圧と高音のヌケの良さ、これらは初体験の素晴らしさだった。
A面が終わると、彼は「次は何をかけますか?」と尋ねてきた。どぎまぎしていると、「この頃のクリスは頭から音が出てくるようだけど、初期はもっといいよね」と言ってクリスの「クロスロード」をかけ始めた。
かつのジャズ喫茶ではありえないことだ。



