ヘルマン・ヘッセ翻訳の謎『クヌルプ』 たまころがし?
さて『クヌルプ』にはKegelbahnというものが登場し、「九柱戯」と訳されている。
クヌルプが自分に思いを寄せてしまった友人の妻と別れ、ベルベレに会いに行く間の時間で、「風が生ぬるく、ときどき星が黒い空に出る」(高橋健二訳)夜である。このとき「九柱戯場」(同)の見えるところを通りかかる。
この「九柱戯」はボーリングの原型で、今でも盛んらしい。
ちなみに
芳賀壇訳「ケーゲル場」
相良守峯訳「九柱戯場に<たまころがし>のルビ」
植村敏夫訳「九柱戯場に<ケーゲルバーン>のルビ、そして<球をころがす長方形の囲いになったもの>と訳者注」。
この頃ボーリングという単語がまだ一般化していなかったようだ。
もともとこの遊びは、ドイツでピンを倒せば罪を清めることができると考えられていて、宗教的な儀式の一つとして盛んになったという。
芳賀壇訳「ケーゲル場」は訳していないのと同じだが、その他の訳の「たまころがし」を日本の読者がどうイメージしたかは大変興味があるが、確認しようがない。「たまころがし」というと運動会の大玉ころがしをイメージしてしまう。
実はこのシーンは女性をデートに誘って待ち合わせの場所に行くところなので、ロマンティックなシーンなのだ。
「風が生ぬるく、ときどき星が黒い空に出る」なのだから。
そこで「大玉ころがし」じゃちょっと辛い。
だから逆に芳賀壇訳「ケーゲル場」は救いなのかもしれない。
16世紀になって、マルティン・ルターがケーゲル(ピン)を9本にした新しい競技規則を作ったので普及したというが、ここでもルターが出てくる!ドイツではとにかくルターとゲーテが出てくる。
ピンが9本なのだが、図版によると向って「正方形」に置く場合と「菱形」(この場合はヘッドピンがある)に置く場合とあり、「正方形」の方が古いようである。クヌルプもヘッセもケーゲルバーンをやっていただろう。是非ボーリング場に頼んでピンを9本にしてボールを投げてみたいものである。