西方紀行 その1名古屋・大阪・河内小阪 過去ログ転載 | leraのブログ

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西方紀行 その1 1999

名古屋・大阪・河内小阪

 6月9日に名古屋へ出張する事にした。
その一番の理由は翌日の10日に東大阪市で日本遊戯史学会の例会が開かれるためである。また、実は名古屋にもちょっと行きたい理由もあったからだ。

 8時半の新幹線に乗って名古屋へ向かった。
名古屋で社長と合流し、昼飯は「鳥栄」で鳥料理を食べようと打ち合わせをし、11時に相手先に入った。仕事の打ち合わせは20分ほどで終わった。
ところが、昼食を用意してあると言われ、見事に唯一打ち合わせをした計画が実現不可能になってしまった。
 ガランとした役員用食堂で食事を終え相手先を後にしたのが12時半。ビール瓶片手で鳥鍋や鳥ワサが上品な幕の内弁当に化けてしまった。
社長と名古屋駅まで同行し、そこで別れ名鉄線に乗った。

 私が名古屋へ「ちょっと」行きたかった理由は、出発寸前にO氏より寄せられた情報であった。名古扇でEJFというゲームサークルを主宰しているN氏が、名古屋球場の近くの玩具店で「花札牌」と「トランプ牌」を発見し購入した、という情報だったのだ。そこでO氏がN氏に電話番号を聞き、早速電話すると「花札牌」はまだ数個残っていて、「雀ダイス」もあると言われた。彼が全てを買い占め代金引替郵便で送ってもらう段取りをつけたのは言うまでもない。
 電話でそれだけの収穫があったのだから、行ってみようと思った次第である。
「人類の最後の病気は希望である。」と言うがまさしくそのとおりである。

 「花札・トランプ牌」というのは麻雀牌の形態をした花札・トランプであって、現在ではかなり珍しいものの部類に入る。現に私は東京神田神保町の「奥野かるた店」で唯一あったものをプレミア付きで2500円で買っているのである。

なんと、そこでは「見切り品」ということで200円だという。
 「雀ダイス」というのは東京工芸から出ていた麻雀の面になっている数個のダイスの組み合わせで、赤坂のT氏が偶然鎌倉の玩具店で発見したもので、これもかなり貴重なものである。

 目的の店「宝島」は名鉄線のナゴヤ球場前で降り、10分ほど歩いた尾頭橋にあった。
ところが想像していた店と違い新しくきれいな大型店であった。前持って電話していたせいもあったが、女性が親切に応対してくれた。ところが「古い」ゲームはもうなにもない、とのことだった。少しでも可能性のある場所を教えてもらったが、確かにめぼしいものは無かった。彼女は、他の支店にも電話をして聞いてくれたがそれらしいものは無かった。
 私はそこで「プレイボーイオリジナルチェス」という二人用のゲームを買ったが200円だった。支店に電話をかけさせたり、鍵のかかっているウィンドーを開けさせたり、あげくの果てに買った物が206円(消費税込み)のものとは、実にいい客であったことか…ちょうどレジの所にO氏に送るばかりになっていた「花札牌」と「雀ダイス」があり見せてもらうと、「花札牌」はまさしく本物であったが、「雀ダイス」は全くの別物で、普通のダイスに麻雀牌のタイルのあるものだった。残念。

 そこを出て並びの店に目をやると「松島市場」という集合店舗があった。
かなり古いつくりで、ドアを開けて入ると肉屋や八百屋があった。元々そういう所が好きなので入ったのだが、「松島玩具店」という店を発見した。しかもすぐに「マスコゲーム」が目に入ったのだ。このゲームは最初の『ゲームカタログ』(白夜書房版)でO氏が「もう二度と手に入らない壊しの絶版ゲーム16選」の中で紹介した由緒(?)あるゲームである。

 私があれこれ見ていると店をやっている老夫婦が親切に世話を焼いてくれた。
ゲームを探していると言うと、「これはどう?」と言ってくれるのだが、ほとんどは新しいものか、持っているものだった。ところが商品棚の下が小さな物置になっていて、そこでもうひとつマスコゲームを発見し、他にも「コレゴ」(押し出し五目)や「戦略将棋」(自動判定機付きの軍人将棋)や「マグネーザー」があった。(以上総て前述の16選にあり)店の人は「ひっくり返してもいいよ」と親切に言ってくれたが、時間がなかったので電話番号を聞きマスコゲームを購入し後にした。

 名古屋から大阪に着いたのが3時半すぎ。
宿舎である梅田新道のホテルにチェックインし、あわてて服を着替え外に出た。
松島玩具店でもゆっくり見られなかったのは、大阪の玩具間屋街松屋町(まっちゃまち)を歩く予定にしていたからだ。ほとんどは金曜の夕方6時には店じまいしてしまう。

 南森町から地下鉄に乗り堺筋本町で降りて東に少し行ったところが松屋町問屋街の入り口である。この問屋街は約2キロにわたって続き、東京の蔵前より遥かに大きいスケールを持っている。所がO氏から薄々聞いてはいたが、ほとんどが人形と花火の店なのだ。それも道の両側にずらっと並んでいる。たまに玩具が目に入っても、子供の遊戯具や駄菓子屋にある「くじ」の類で「ゲーム」類はとても少なかった。それでもゲームが目につく店に入ってみた。

 お店の人はほとんどが親切に話し掛けてくる。
「なにを、お探しですか?」
「古いゲームなんですが…」
「去年くらい?」
「いいえ、もうちょっと」
「おととしくらいでっか?」
「いいえ、昭和40年代か50年代くらい」
「そんな古いもん置いとったら商売になりません」
 確かにそうなのだ。問屋は見切りが早いからあまり古い物は少ない、しかし店の片隅に古い物が埋もれているのも広い問屋ならではなのだ。でも何軒か入るうちに、あるおばあちゃんが「専門店」がある事を教えてくれた。なんと、その店のとなりであった。ところがつい最近移転したと言うので、その店の電話番号を教えてもらった
 結局松屋町では何も買えなかった。