革命前夜 過去ログ転載 | leraのブログ

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革命前夜 2012.6.15

 跋を依頼されタレーランの言った「革命前夜」という言葉を中心に書こうと思った。

 以前にもあるサークルの20年か30年誌に拙文を依頼された時に「立ち上げメンバーは革命前夜を生きた幸福な人達だ」などということを書いたのだが、今回は何故か原典にあたろうとした。そうしたらなんと「革命前夜」という言葉がなかったことを知って愕然となった。

 フランス革命を生きたタレーラン(Talleyrand-Périgord)が言ったとされている言葉

―革命前夜を生きなかった者は、生きることがいかに甘美か理解できない―

 のフランス語表記

 Celui qui n'a pas vécu au dix-huitième siède avant la Révolution ne connaît pas la douceur de vivre.
 である。

 ところがフランス語表記では"革命前の18世紀という時代に…"となっており"革命前夜"という語句は存在しないのだ。別の資料では"1789年以前に生きたことのない…"ともなっていて、やはり"革命前夜"という表現はない。
 革命という言葉にしても、ハンナ・アーレント(Hannah Arendt)の『革命について』(On Revolution 志水速雄訳)によるとRevolutionという語は元々コペルニクス(Nicolaus Copernics)の天体の回転

 De revolutionibus orbium coelestium

 を意味する天文学上の用語だったと言う。この語は、人知を超えるものを意味し、予定された秩序に回転しながら戻る運動も暗示したので、"不可抗力"の概念と結びついた。

 1789年7月14日バスティーユ(Bastille)陥落の時、ルイ16世(LouisⅩⅥ)はそれを報告したラ・ロシュフコー=リアンクール公爵(François-Alexandre-Frédéric duc de La Rochefoucauld-Liancourt)
)に

 C'est une révolt? (これは反乱か?)と問うた。

 リアンクール公は

 Non,sire,c'est une révolution (いいえ国王、革命です)と答え、この瞬間からrévolutionの意味は、周期的な回転運動の合法則性を表す言葉から、不可抗力性に移ったとされる。だからリアンクール公は、"革命"と言ったのではなく"避け得ない必然"と言ったのだ。

 "革命前夜"という言葉の「革命」ですら危うくなってきた。しかし、1789年7月14日以降、révolution は"革命"を表す言葉になったと断定しても誤謬ではないだろう。
 ベルナルド・ベルトリッチ監督(Bernardo Bertolucci)の映画作品に「革命前夜」と邦題のついた名作があるが、原題は Prima della rivoluzione で"前(Prima)"はあるが、やはり"夜"はないのである。

 タレーランの言葉を誰が"前夜"としたのだろう?

 日本語では島崎藤村の『夜明け前』の連想もあると思うが、"前夜"に特別の意味を持たせているように思う。
 開戦前夜、維新前夜というようにである。
 嵐寛壽郎の鞍馬天狗も「日本の夜明けは近い」と言っていたし…
 英語の eve やフランス語の veille やドイツ語の vorige Nacht は本当の「前日の夜」のことであって"前夜"と言う意味合いは全くない。

 ならば"前夜"とは何か?
 不穏なる胎動の抑えきれない昂まり
 欲望や希望を実現させようとする押さえ難い情動
 現状に対する非論理的な嫌悪感の巨大なる蟠り
 ノスタルジーとの訣別を決断したとき…
 だろうか?

 何かを成し遂げるといった結果を伴うことが重要なのではなく、行為をしようとする―アンガジェ(engage)しようとする発想、意思、熱意、衝動が重要だと考える。つまり行動と変革しようという渇望によって未来をつくりだそうとする、あるいは現在を破壊しようとすること、これらのことが意味のあることだと思う。

 それが"前夜"だと思う。

(フランス語情報提供 〇ノ〇理〇)