歌舞伎座…幕見の罪悪感
かつての歌舞伎座の幕見席はけして混んでいなかった。
私が現時点で私の配偶者となっている女性と最初にデート(会合)をしたのは幕見席で勘三郎の『俊寛』だった。
勘三郎の『俊寛』を観に行ったのではない。通りかかったら勘三郎の『俊寛』がやっていたので入ったのだ。ところが思い出深いものになった。その日に勘三郎が倒れて勘九郎が急遽代役に立ったのだ。その勘九郎とは先日亡くなった勘三郎のことである。
その時もそうだったがガラガラだった。
その時代は係りの人もいなかったので、平気で写真を撮っている人もいた。すじがきも売っていなかったし、自動販売機もなかった。
だんだん混むようになったのは二十年位前からだろうか?
切符を買い四階までの階段を駆け上がる。
四階と言っても普通の建物の五階くらいの高さがあるのではないか?しかも、階段の一段一段がなぜか高いのだ。
戸惑っている観光客や、脚の不自由な人や老人たちを追い越して上がっていく。数えて多いときは三十人を追い抜いたことがある。
さらにその階に着くと、純朴な人たちは手前の入口で入ろうと並んでいる。その先のトイレ側からの入口から入ると(上手側)、切符を買うのが遅いのに座れるという算段。
罪悪感と欲望のジレンマ。
以前は階段にも座れたが、途中から禁止された。
たまに、後ろで立っている老人にイスを譲ることがある。
罪悪感や親切心ではなく、立った方が声が通るというだけの理由。
幕見で顔を合わせる人とは妙な連帯感を感じたり、不思議なところだった。
白浪五人男で、花道が全く見えないのに、曲を聴いて出てくる順番に声をかけるというワザにも接したし…
改築になっての幕見席に行ってきた。
全てが変わっていたので驚いた。
まず切符に整理番号が入りその順番で入る。そのために上手側から入るということができなくなった。
四階までエレベーターになった。階段で追い抜きの記録更新をすることができなくなった。
ふかふかの赤い絨毯が敷いてある。係りの人に変わったねと言ったらトイレも奇麗になったと教えられた。
階段を上がりきったところはちょっと暗かったのに、明るかった。
全然違った。
三階B席との境の手すりの下にプラスチック板があったのに無くなった。
但し、花道はかなり見えるようになった。
七三が見える。かつては頭頂の一部だけではなかったか。
かつて白浪五人男は白浪0.4男だったが、白浪1.2男くらいにはなったのでは?
以前あった淫靡なところが全く無くなって少し寂しい。
勧進帳で弁慶が六法を踏む前に、幕が閉まるため終わったと思って立ち上がる三階客に
「まだ終わってませんから!」
と言う事もなくなるのかもしれない。
追記
修学旅行などで歌舞伎座に来て歌舞伎がつまらないと思ったあなた、歌舞伎がつまらないのではなく、観る演目を間違えているのです。(と言っても日程があるから無理か)
初心者にはストーリーが分る「通し狂言」がいいと思うし、演目は「殺人事件」が分りやすくていいと思います。
お勧めとして『盟三五大切』(かみかけてさんごたいせつ)『女殺油地獄』(おんなごろしあぶらのじごく)『籠釣瓶』(かごつるべ)…遊廓が出てくるし殺人だし教育的配慮からいくと厳しいのかな。
先日は中学生が『対面』『身代わり座禅』を観ていて、この面白さが分ったら歌舞伎ファンにすぐなれるけど、多分つまらないと思います。なぜならストーリーが分らないからです。
よく歌舞伎十八番で『勧進帳』を見せようとしますが、これは歌舞伎や能にある程度知識のある人ならとっても面白いのだが、初心者には無理でしょう。