小さな兆候 | leraのブログ

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小さな兆候



 木下順二は「小さな兆候こそ」という文章で丸山眞男の『現代政治の思想と行動』から次のように引用している。


「ナチスが政権をとったある日、ドイツ人の店先に「ドイツ人の商店」という札が張られたとき人はなにも感じなかった。ユダヤ人の店先に黄色い星のマークがつけられたときもただそれだけのことで、何年も先のあのユダヤ人ガス虐殺につながると考えた普通人はひとりもいなかった。」



 同書の「現代における人間と政治」のミルトン・メイヤーの『彼等は自由だと思っていた』の「言語学者の告白」からの引用である。この告白はこう続く「気がついてみると、自分の住んでいる世界は-自分の国と自分の国民は-かつて自分が生まれた世界とは似ても似つかぬものとなっている。」


また同書には、ナチスの強制収容所に拘禁された牧師マルチン・ニーメラーの告白も引用されている。「ナチが共産主義者を襲ったとき、やや不安になった。自分は共産主義者でなかったので何もしなかった。ナチは社会主義者を攻撃した。不安はやや増大した。けれども自分は社会主義者ではなかった。そこでやはり何もしなかった。それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかった。それからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であった。そこで自分は何事かをした。しかしそのときはすでに手遅れであった。」



これら多くの引用は「国家統制」の恐怖を表している。それは言論弾圧と司法の国家癒着から始まる。


特定秘密保護法、集団的自衛権解釈、兵器三原則見直し…もうすでに「小さな兆候」ではないように思う。