あるいは恋か…
Literatur Phobie
本と文献の違いがますます不明確になっている。
例えば文章を書いていて、つげ義春のマンガのセリフが浮かびそれを引用しようとして原典を探す。そうなった段階でそのマンガは本でもマンガでもなく「文献」だ。
仕事場は文献で溢れている。
つげのマンガのケースではないが、すべて「文献」だから場所を移せない。
だから本は極力買わない。
図書館で借りる。
その本に文献的価値を感じると買う。
深夜に書き物をして何かを調べたいと思う。
その時に目的の文献が見つからない焦燥感は例えようがない。
文章を書くことが目的ではなく、文献を探すことが目的化してしまう。
本が増えすぎ、なかなか見つからなくなった。
一応一次資料と二次資料に分けていて、二次資料は別室にある。
それにしても見つからない。
見つからない文献は無いのと同じか?
そうは思えない。
今は無いが、いつか、不必要になった時見つかるかもしれない。
それは文献自身にはなんの問題も無い。
利用しようとするこちらに問題があるのだ。
これは「恋」に似ていないか?
