ナルシス
一年半前はサラリーマンではなかったので、ある意味「自由」だった。
昨日の祭日(祭日の意味が解らないが)、仕事が夜の7時半まであった。
突然ジャズが聴きたくなった。無論レコード演奏店でだ。
昨今ジャズ喫茶(レコード演奏店)は激減してしまっている。
しかも祭日である。
頭に浮かんだのは新宿歌舞伎町の「ナルシス」だった。
やっているような気がしたのだ。
店に入ったのは8時すぎ。
最初の客だったせいか、レコードはまだかかっていなかった。
アーリータイムスのソーダ割を前にして、最初の音だしを待っていた。
かつて浅草のフラミンゴというジャズ喫茶でアルバイトをしていた時、最初の音出しには特別の意味を感じていた。
「ズート・シムス カルテット」これが音だしだった。もちろんビニールレコード。
ズートのソプラノの美しさを初めて知ったような気がした。今までに何回か来ている店なのだが、音がいいのだ。テナーも響く。ハンク・ジョーンズもいい。
次はタンカレーのロックを前にしていた。
特徴のあるピアノだった。
左手が複雑なコードを「どーん、どーん」と弾いて、右手のシングルンが不思議なラインをつくる。そこにナイーヴなソプラノが被ってくる。ちょっと見のジャケットでは分らなかったし、ある予感もあったのでジャケットを見ると、マル・ウォルドロンとスティーブ・レイシーのデュオ「Sempre Amore」だった。
私もこの二人のデュオは「Journey without end」を持っている。
マルは「Left Alone」「All Alone」が著名だが、実はフリーフォーム作品もいいものがある。マイナーだが The CallやThe Opening など愛聴版である。あの左手のコードになんとも言えない暗い情念を感じるのだ。
そこでママに話しかけられ、偶然間章の話しが出る。
間章がスティーブ・レイシーを招聘し全国ツアーをやったからだ。その間の話しから阿部薫の話しになった。みんな若くして死んでいる。
「Sempre Amore」はストレイホーンとエリントンの曲を演奏しているにもかかわらず、マルとレイシーの世界を形成しているいいアルバムだった。初めて見るジャケットだったので、レーベルを見るとイタリアのソウルノートだった。
イタリアのジャズレーベルは元気で、ソニー・クリスも随分出てますねと話した。
するとママが次にかけたのはソニー・クリスのOut of Nowhereだった。museレーベルの青ジャケのやつだ。クリスはマイナーレーベルでたくさんの佳作を出した人で、来日が決まっていたのに死んでしまった人だ。その来日ポスターを札幌琴似の店で見たことがあった…
それで次はアルトつながりなのか、エリック・ドルフィーのHere and There…
昨年亡くなったアルトを吹いていた友人が「真面目だから聴くのが辛い」と言っていたプレイヤーだ。阿部薫のアイドルでもあったろうか…
1曲目はStatus Seeking 素晴らしいというより、スゴイ演奏で言葉を失う。もちろん持っているし、何度も聴いている。しかし説得力が違うのだ。
2曲目はバスクラソロのGod Bless the Child…
タンポンの開閉の音や、キーのカチャ音まで聴こえる。
ビリー・ホリディの哀切極まる歌まで連想して感動してしまった…
ドルフィーも30代でドイツで客死している。
次にアンティーブのローランド・カークがかかったのだが、聴いてしまうと帰れなくなってしまう。意を決してイスから立った。
表現芸術は記憶の連鎖だと思うが、思いがけなく素晴らしい時間を過ごした。
