映画『二人だけの橋』 | leraのブログ

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 丸山誠治監督・脚本(他脚本に楠田芳子)早乙女勝元原作「美しい橋」の1958年の映画化作品。そして水野久美の東宝デビュー作。





 貧しさとは何にか?

 敗戦直後の総体が貧しい時でから貧困に対する差別はあった。イジメが伝統の日本では当然だろう。そのエンジンは「向上心」や「達成度」だが、それらは特定の与えられた価値観を強いられた末に生まれたものだ。天皇制という名の官僚奉仕システムかもしれない。





 その貧しさの中で人の心は荒む。犯罪もたいへん多かった。特に青少年の犯罪は今とは比べ物にならないほど多かった。





 しかし現代の貧困との決定的な違いは「マイナス」にならないことである。現代の巨大消費社会の金融中心社会での貧困は負債の増大によるマイナスの貧困になる。つまり「無い」状態は許されないので、マイナスを蓄積することになり、その限度を超えると破綻になる訳で、それ以降復活できる可能性は限りなくゼロに近い。


 すぐそこに路上生活と餓死が迫る。





 敗戦後から昭和30年代初めまでの就職難の時代、21歳の青年(久保明)が求職活動の中でひとりの女性(水野久美、年ごろは女学校卒業して間がない)と知り合う。どちらの家も白鬚橋に近い墨田区側にある。そしてどちらの家も父がいない。戦死したのかもしれない。





 どんなに総体が貧困でも貧しさに同情しない社会としての日本の中で、貧しい男女が惹かれあう切なさが重く覆う。青年を好きになった女の言葉がストレートで爽やか「あしたも会いたいなァ」と言う。水野久美が好演。





 青年はやっと鉄工場の見習い工の職を見つける。本来なら15,6歳を対象とした求人だ。メシもケガも自分持ちという職場で去っていく友人たち。ひとりはケガで(演じているのは毒蝮三太夫)もうひとりの少年工は自分を「煙のようなもの」と称し誰の気も留められない存在に対する嫌悪からである。





 青年はもっとワリのいい、もっと待遇のいい職場を求めて時計会社(精工舎?)の入社試験を受け学科はうかるが、健康診断で肺に影があるのが分り不合格となってしまう。


 職場を休んだ理由を鉄工場の指導役(加東大介)に話す中で肺に影があることを言うと「お前のことは俺たちのこと」と言い、青年はその工場で仕事を続けることを決意し、その気持ちを女に伝え二人の後姿でエンドマークになる。





 いわゆるハッピーエンドだ。

 しかし少しもハッピーに見えない。

 労働力を搾取されているとしか思えない。指導役の言う「職人は一人立ちしなければだめだ」という言葉も、搾取に対する消極的な弱者的な対抗策としか思えない。しかしそれが「その時代」であったのだろう。食糧難をベースとしたより安い労働力を求めた集団就職は1954年からはじまる。





 二人は白鬚橋で会い、墨田区側から台東区側へ通勤していたようだ。ガスタンク(南千住にあった)が背景に見える。青年の残業で会えなくなると橋の構築物の隙間を利用し手紙の交換をし、日曜にサイクリングへ行く。未だ消費社会に入るトバ口のところで、希望みたいなものを感じる。その点では現代より希望のあった時代なのかもしれない。





 種々の想いから切なくなる作品であり、佳作である。





1958年東宝白黒90分