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 メーディアの記憶はピエル・パオロ・パゾリーニとマリア・カラスの『王女メディア』だ。パゾリーニは『アポロンの地獄』(原題はオイディプス王)とギリシャ悲劇を連作していた。

 よって私にはギリシャ悲劇の知識は皆無である。


 古典劇に接する場合、規則(ルール)の問題がある。

 歌舞伎の場合の隈取りや衣装がその役柄を「事前」に説明していることがその例だ。シェークスピアでも言えるだろう。

 よって、古典劇は演じる方も観る方も「手さぐり」である場合が少なくない。


 現に原作者のエウリピデスの時代には、職業的俳優はいなかったし、登場するのは男性ばかりだった。


 今回は劇団初夜の会の旗揚げ公演である「メーディア」を観た。

 メーディアの悲劇とはなんだったのか?子どもを失うことでも、子どもを殺めることでもない。


 自己決定権の脆弱な女性は、種々の部分で男性に阿なければならない。その中で裏切られるということは、全存在の否定である。よってそこにあるのはルサンチマンだ。そして復讐心だ。


 メーディアの悲劇とは自己の存在証明に呻吟する悲劇ではないのか?


 90分という時間をけして長くは感じなかった。

 メーディアを演じた山澤沙江子の表情が生きていて、なかなかの好演だった。メーディアの衣装は3回変わるが、それも舞台に変化を与えていた。


 ほとんど省略されていないセリフは、古典劇に親しみの無い観客にはやや情報過多だったかもしれない。


翻訳:丹下和彦
脚本・編集・演出:和泉淳