時として、発作のように突然食べたくなるものがある。
泥鰌とくさやである。
そのどちらも発作はにおいから始まる。
泥鰌の場合は鍋特有の少ししつこい甘いにおいであり、くさやの場合は奥歯の歯茎が収縮するようななんとも言えないにおいである。このにおいが「記憶」として鼻腔に充満すると発作の始まりである。ところが発作があるのはこのふたつの食物だけなのだ。無論頻繁にあるわけではない。少ない時は年一回位だ。その発作も依存症のように強いものではなく、我慢しようと思えば我慢できる。(あたりまえか)
くさやは食べられる所が少ないが、全く無い訳ではない。銀座のおでん屋や押上の酒場といった店を「確保」してある。もし食べられる所が絶滅したらこの発作は辛いものになるのだろうか?
その実例としてふたつのケースがある。
ひとつは神田神保町のタンゴ喫茶「ミロンガ」のコーヒーである。
「ミロンガ」には高校1年の16歳の夏休み明けから行きだした。タンゴに魅かれたということもあるが、コーヒーにもたいへん魅かれた。酸味のあるタイプだ。そして湯気が立ち上らずコーヒーの表面に漂うタイプだ。このタイプに関し他の人が言っている事を聞いたことがないので適切な表現がないのだが、同じ神田神保町のERIKA(現在長期休業中)もこのタイプだ。
高校生の時は週に1,2回は行っていた。大学に入ってからは場所が遠くなったので回数は減ったものの神保町に行く度に必ず行っていた。仕事に入ってからはほぼ毎日行っていた。
その「ミロンガ」が、突然店が変わってしまったのだ。変わったという表現が使えるほど単純な変化ではなかった。店の名前が「ヌォーボ ミロンガ」(「ニュー ミロンガ」)となりタンゴは変わらないものの、お店の人は全員いなくなり、コーヒーの豆がかわり価格も高くなった。これは衝撃的だった。オーナーが変わったわけではなく、任せる人が変わったとのことだった。
ところが「ミロンガ」には姉妹店の「ラドリオ」があった。この店は「ミロンガ」と入口が対面していて、「ミロンガ」の倍くらいある店だった。(現在はその半分の大きさで、以前は鶴谷洋服店を囲むように小宮山書店の車庫の道にも入口があった。この店はバーとしての存在感があり、ビールやカクテルを飲む店としての認識だったが、姉妹店ゆえ同じコーヒーだった。よって、それ以降は「ラドリオ」に行くようになった。「ミロンガ」の常連もほとんど「ラドリオ」に移って行った。「ラドリオ」では雨の日に聴くシャンソンが心に沁みた。
ところがその「ラドリオ」も突然コーヒー豆を変えたのだ。
シャープさがなくなり、濃厚な全く異なったタイプになってしまった。コーヒーカップでさえ広口の厚手のものに変わってしまった。ウィンナが看板だったので、ウィンナに合うタイプなのかもしれないが、30年以上飲んでいたコーヒーが変わってしまうことは驚きのほかのなにものでもなかった。
それ以来「ミロンガ」のコーヒーに出会っていない。先の「ERIKA」や本郷三丁目の「麦」は近い味なのだが、やはり違う。シアトル系というコーヒーショップチェーンの苦味が強く酸味が少なく香りの淋しいコーヒーの台頭が顕著になってきてから、尚更郷愁のようにミロンガコーヒーへの思いは強くなる一方なのだ。
もうひとつは何度も機会がある度に述べているので重複になるが、「百尺」のチューハイである。
「百尺」が店をたたんでから7,8年になろうか?あの独自ブレンドのチューハイの味に出会えなくなって、近い味を求めて模索と迷走が始まったのだ。「小島屋」(堀切)、「三裕酒場」(曳舟)、「大黒屋」(業平)と近いと思われる所を回ったが、違う、全然違うのである。
多分、もう出会えないだろう…それはいまだに「百尺」の遺族と会う機会があるのだが、誰もその製法を知らないからだ。「昆布を使う」という話はご本人からうかがったことがあるが、それ以外は何も知らないし、誰も知らないのだ。
これらの問題に付随してくる問題が東京の疲弊である。
東京と言っても所謂下町の商店街の疲弊である。
「百尺」は墨田区押上の十軒橋商店街にあった。昨今スカイツリーの撮影スポットで「有名」になった十軒橋である。今から20年ほど前はたいへん賑やかな商店街だった。店は遅くまで開いており、酒場は人で賑わっていた。生産人口の減少、都市の空洞化、少子高齢化によって、賑わいは消えシャッター街へと変貌してしまった。もう二度とあの賑わいは戻らないだろうと予想できる。あの時生き生きとしていた人たち、皆どこへ行ってしまったのだろう?製造業が中心で、活気があり、日常生活で「こんなものがあると便利」というものを誰かがすぐ作ってくれる町だった。シャッターと空き家の町になってしまった。
チューハイへの思慕は、そんな下町に対する郷愁なのかもしれない…
以上は、「百尺」のチューハイを求めて大黒屋に行った時に、「くさや」を食べながら思ったことだ。
大黒屋はチューハイも煮込みも「くさや」もたいへんおいしい。しかし、「百尺」のものとは違う。
