ひのきみ判決 | leraのブログ

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ひのきみ判決

 「ひのきみ」とは「日の丸・君が代」の事を言い「国旗・国歌」のことである。


 これは「国旗国歌法」(国旗及び国歌に関する法律)によって定められた「国旗・国歌」のことであるが、この法律が実にシンプルである。


 第1条 国旗は、日章旗とする。
 第2条 国歌は、君が代とする。

 付則はあるがこの2行だけである。

 そして別記に旗のデザイン、歌の歌詞と旋律が示されている。ところが、デザインの意味・趣旨、例えばフランス国旗だと王家の色・パリ市紋章色とか意味がある。

 歌詞に関しても文字の羅列で、意味説明は無い。


 学校現場における教師に対する、君が代斉唱・斉唱時の起立に関する業務命令に対する最高裁判決が複数出た。最初は2007年で、今年5月30日、6月6日、14日、21日と続いた。


 人生で強制的に歌を歌わされるというのは、かなり稀有な体験だ。しかし、すべての判断が「憲法19条に違反するとは言えない」というものだった。


 憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」というこれまたシンプルなものである。良心は時として信条と置き換えられる場合がある。


 こられの判決に奥平康弘氏が朝日新聞(2011.6.28)で論説をしている。


 奥平先生は補足意見の多さを「異常」と言う。
 4判決で7名の裁判官が補足意見をつけたのだ。特に5月30日判決では4名の裁判官の内3名が独自の補足意見を書いていると言う。つまり多数意見に「賛成」の裁判官はひとりだけ、である。


 補足意見は「多数意見には賛成だが、それに補強を試みる手法」であり、先生から言わせると「取り繕い」だと言う。

 さらに、
「合憲とする多数意見には論議の余地がありすぎる」
「多数意見本体の弱さ・動揺・迷いなどを示したメッセージではないか」
 と言う。

 そして、「理不尽で強圧的な行政の後始末を押しつけられた司法の側の悲鳴」と指摘する。


 日本の裁判官はバランスを取ることがある。
 バランスとは国家に対する恭順と、法理論とのバランスである。だから矛盾した判決は少なくない。法律家以前に行政官なのだろう。


 第2小法廷の千葉勝美裁判官は補足意見でこう言っている。
 「国旗国歌が強制的にではなく、自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが何よりも重要であるということを付言しておきたい」
 心情表現としてはわからないでもないが、判決文としてはファンタジーである。言い換えるなら作文としては読める。本人も具体的なイメージは皆無だと思う。


 少なくとも判決文に書く「表現」ではない。なぜなら「自発的」と「環境を整える」は対義語だからである。また「自発的」と「敬愛」はセットにならない。


 この裁判官のレベルは国のレベルを表しているか?