祈り
宇井眞紀子の小さな出版記念会は、畑のある木造の納屋を改造した週末だけ開いている店で開かれた。本当に小さな畑があったり、囲炉裏があったり、中々いいお店だった。
たまたま隣に座った男性と話をしていたら、彼は出版社の関係者らしく、出版案内をくれた。その表紙に山尾三省の「アニミズムという希望」が載っていた。
私が「い・じょんみ(李政美)さんが山尾三省の詩を歌っていますね」というと、彼はすかさず「『祈り』ですね」と言った。
私はやや驚いた。
彼がい・じょんみを知っていること、い・じょんみが山尾三省の詩を歌っていることを知っていることに驚きを感じたのだ。
9・11の時、私はリアルタイムで二機目が突入するのを見た。すさまじい暴力を目にしたためか、それから何週間も体が動かなくなり、つまり一度座ってしまうと立てなくなったり、理由もなく涙が出てきたりした。
ウツの状態だったと今では思う。
その時、「癒された」というツキなみの言葉では表現し尽くせない影響をい・じょんみの歌う『祈り』から得た。その詩は山尾三省の詩であった。
南無浄瑠璃光
海の薬師如来
われらの病んだ心身を 癒したまえ
その深い 青の呼吸で 癒したまえ
南無浄瑠璃光
川の薬師如来
われらの病んだ眠りを 癒したまえ
その深い せせらぎの音に
やすらかな枕を 戻したまえ
南無浄瑠璃光
人の内なる薬師如来
われらの病んだ科学を 癒したまえ
科学をして いのちに奉仕する 手だてとなしたまえ
南無浄瑠璃光
樹木の薬師如来
われらの沈む悲しむ心を 祝わしたまえ
その立ち尽くす 青の姿に 学ばせたまえ
南無浄瑠璃光
虚空なる薬師如来
われらの乱れ恐れる心を 鎮めたまえ
その深い 青の透明に 鎮めたまえ
南無浄瑠璃光
大地の薬師如来
われらの病んだ文明を 癒したまえ
その深い 青の呼吸の
あなたご自身を あらわしたまえ
あの時の、私の気持ちは「謝罪」だったと思う。アイヌ民族だったらカムイに謝罪しただろう。私には謝罪の対象がなかった。
山尾三省は9・11の年の8月に亡くなっている。
もし、山尾三省が9・11の「時代」に生きていたら、なんと呻くだろう…
そして福島の原発である。
私は『祈り』を聴き、やはり「謝罪」をしたいと思った。しかし、またも、対象がない…
私と「い・じょんみ」「山尾三省」「祈り」について話した人は、その出版社の社長で、い・じょんみとはたいへん親しく、彼女がアイヌ民族の音楽を聴きたいと言った時にニプタニに案内したと言う。そして山尾三省の本を多数出していて、三省忌もやったと言う。
注:浄瑠璃は、宝石の瑠璃のことで、薬師如来の浄土は浄瑠璃世界、薬師如来は薬師瑠璃光如来と言われた。薬師如来は、人びとの病苦を救う仏。