幕末の探検家松浦武四郎に魅力を感じたのはいつだろう。
探検、放浪、アイヌ民族とのかかわり、実に魅力的な人物だった。
北海道の名付け親となり、明治政府から仕官を乞われたが政府が武四郎の提案したアイヌ民族政策をとらないので、全部の仕事を止め、全国の知人友人から木片を寄進してもらい、一畳の庵をあんで河鍋暁齊に自らの涅槃図(午睡図)を書かせ隠居したという「つわもの」である。
ただ有名人か?というと自信がない。
伊勢三雲町に記念館ができた時、中川駅の駅員もタクシー運転手も武四郎を知らなかったからだ。
東京・京橋のINAXギャラリーで、その「一畳敷」をメインした展示が行われている。
なんとレプリカがあって、中に入って座ったり、ねっころがったりできる。私は寝てみた。
INAXギャラリーは主にデザインを中心にした展示をしていて、カタログ(図録)もいいものを出している。
今回の展示も「一畳敷」という建築物がメインで、やはりデザインからのアプローチである。
カタログに松浦武四郎記念館の山本命氏の「旅を愛し歩き続けた松浦武四郎の生涯」という解説が載っていて、その中でアイヌ民族の激減の理由として「過酷な労働を強いたことが一因」となっている。
アイヌ民族激減の要因は、和人が持ち込んだ梅毒、痘瘡である。
これは武四郎も著作の中で「和人がアイヌの女性を強姦し、妊娠すると薬で流産させ、梅毒に感染すると山へ捨てるという実情」を切々と訴えている。また、病状が進み離れた小屋で住んでいる女性を探して見舞っている。
カタログの文章は、松浦武四郎について書かれたものとしてはどうだろう?「アイヌの人々」という政治的な表現もある。
武四郎は常に反権力の立場にあって、アイヌ民族に心を注いだ人である。
残念というより、寂しいという思いだ。
