ヤマツツジ、キリシマツツジ、ヒラドツツジの季節が終わり、

今はサツキツツジの盛期。

これもまた株全体が花で覆われている状態のものに出会うの稀れ。

家から東へ2筋行って右(南)へ入ったところにあるミニマンションの植え込み

花付がいい。

ウィキペディア;

サツキ(皐月[2]・杜鵑[3]学名Rhododendron indicum)は、

ツツジ科ツツジ属の半常緑の低木[4]

日本固有の野生種であり園芸育種においても代表的な種である[4]

別名、サツキツツジ(皐月躑躅)[5]映山紅(えいさんこう)などとも呼ばれている。

 

サツキ(皐月)と呼ばれるのは他のツツジより開花が遅く、旧暦5月になって盛りを迎える

ことから名付けられたらしい。ならばサツキの盛りはまだまだ先だということになる。

五月雨といえば、俳句作家なら梅雨の時期の雨を指すと思って

新暦5月の雨を詠うのにこの用語(季語)は用いないし、

現在では梅雨の雨を詠う場合でも「五月雨」という表現は避けている(と思う)。

ならば「五月晴れ」はどうか。現代俳句協会系の作家であれ、俳人協会系の作家であれ

新暦五月の若葉の頃の晴間を表現するのに利用する場合が多いのではないか。

伝統俳句協会系句会なら、5月に開催される句会への兼題として「五月晴」を提案する

事は無いかも。戦後最初に設立された全国的な俳人組織は新俳句人連盟。

これを最左翼とすれば、現代俳句協会→俳人協会→伝統俳句協会の順に右寄りとなる。

新俳句人連盟の会員数は、現在では1000人未満であろう。

現在は俳人協会1強時代。それでも1万5千人以下

2日続けて阪神尼崎駅付近へ。会合参加のため。

昨日はサンシビック、今日は中小企業センター

ハクチョウゲ

ウィキペディア:

ハクチョウゲ(白丁花、六月雪[3]、満天星[4]

学名Serissa japonica (Thunb.) Thunb., 1798シノニムSerissa foetida (L.f.Poir. ex Lam., 1781[5][6])とは、

アカネ科ハクチョウゲ属植物の一

ハクチョウゲという和名の由来は、その丁字型の白い花を付けるところから、

白い丁字花という意味で名付けられている[7]

東南アジア原産。

英国では 'Flore Pleno'、'Kyoto'、'Mount Fuji'、'Variegata'、'Variegata Pink' などといった

園芸品種名の付けられた選抜個体がある。

玉江橋より南の庄下川左岸でもヒナキキョウソウはいっぱい咲いている。

1茎に2輪咲いている株。不鮮明だがこれ一枚しか画像がない。

ヒルザキツキミソウ。完全に野の花になっている。

ついでに阪神電車の高架下をくぐり、尼崎城へ

城の周りを右回り半周

尼崎文化協会という組織もあるよう。

今日私が参加した会議は、尼崎芸術文化協会のもの。

尼崎文化協会は2027年に創立80周年記念行事を策定中のようだ。

今日の噴水

噴水噴水へ水分かつ 竹中碧水史
 
黙祷をせんと止みたる噴水か 高野ムツオ 蟲の王
 
噴水より生まれしごとく歩き来る 高野ムツオ 鳥柱
 
噴水のためらふ高さありにけり 行方克己 無言劇
 
噴水の広場を通り絵を運ぶ 久保 武
 
夜もすがら噴水唄ふ芝生かな 篠原鳳作
 
噴水に水無きを誰もあやしまず 右城暮石
 
噴水の穂の玉となり線となり 大隈 草生
 
噴水の崩るゝ如く止りけり 平野 竹圃
 
レマン湖を水盤として大噴水 鷹羽狩行
 
天の碧さ盗め盗めと飛ぶ噴水 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
 
噴水に影はるかなるものばかり 野澤節子 『存身』
 
噴水を最も高め子供の日 殿村菟絲子 『樹下』
 
不揃ひの噴水原爆忌の広場 河野南畦 『広場』
 
噴水の尖端瞬時休みをり 河野南畦 『空の貌』
 
森の径みな噴水へ出てしまふ 福永耕二
 
噴水の一糸乱れぬ未来都市 田中政子
 
噴水の力ゆるめばやや青む 岡本 眸
 
待合はせしたる噴水止まりをり 長崎小夜子
 
低き細き噴水見つつ狂者守る 西東三鬼
 
噴水のしぶけり四方に風の街 石田波郷
 
噴水の穂さきもう行きどころなく 山口誓子
 
噴水に光と風の集れり 大橋敦子
 
噴水のいただきに水弾ねてをり 落合水尾
 
噴水や水のささらに蝶遊ぶ 高浜虚子
 
噴水を最も高め子供の日 殿村菟絲子
 
噴水や東風の強さにたちなほり 中村汀女
 
噴水のつらら吐き出す鶴の口 村上辰良
 
噴水の丈切り詰めて師走来る 橋本榮治

噴水は単独で用いられる場合は夏の季語。例句では他の季語とともに

用いられているものも少なくない。ハンカチや汗と同じ。その場合は

無季語扱い。