うちの長男(現高校2年)、ものすごく飽きっぽい性格。

バスケをやったと思えばサックスを始めたり、テニスをやりたいと言ってはバンドを組んでみたり。

最近では何やらトランプの手品を何時間もやっています。それはそれは長い時間やってます。

親としては「ウィンブルドンに行くのか?」とか今度は「ミスターマリックになるんかい」みたいにイラっとする訳です。

昨日みほね先生にこう言われました。

大人から見たら、何の身にもならない事を次々とやるただの熱しやすく冷めやすいどうしようもない子。

でも、そうやっていつか本当に自分が「これだ!」と思える何かに出会う為の大切なプロセスです、と。

大人は飽きっぽい事は悪い事だと思いがちだけど、たくさんの事を楽しみ、手にしてみながら

「これだ!」と感じられる何かを見つけられたらそれは本当に宝物だと。

大人でも「天職だ」と思いながら仕事を楽しんでいる人はほとんどいません。

それを手にしたいと苦しみ、願い模索している人々はたくさんいます。

本当はそれが理想なのに、その芽を摘み取っているのは親だったんですね。

「いつか出会うよ、君が本当に情熱を傾けられる何かに」と信じて待つ。

これが本当の親の役割なのですね。
自分の心にいかに正直に行動できるかの為に余計なものを削ぎ落とす事を『シンプル』

うまく行かない行動に挑戦的になり、さらにそれを掴みに行こうとする事は『不自然』

うまく行かない時は時期を外して待つ事が『自然』かなと思います。

結局、たくさんの事を碧誇寧先生に教えてもらうけれど、ものすごく極端なくらい単純な事にいつもたどりつく。

この単純さの質を知る為に数年かかっている私。

世の中のたくさんの出来事がそれを証明してくれているのになかなか渦中の自分の事は気がつかないものです。

お恥ずかしい話ですが、碧誇寧先生が作るアミュレット作品は多くの方にたくさんのギフトとなる奇跡が届けられているにもかかわらず、私はそれを積極的に言わずにきました。

『そんな事を言ってどこかの大げさなものと一緒になってしまうんじゃないか』

『事実はもっと尊く、素敵なエネルギーが起こっているのに上手に文章にできない』

などの理由ばかり。

本当に馬鹿だなと思います。

奇麗な物を奇麗と言い、本当の出来事を本当と言う事になぜ抵抗があるのか。

それは世間に基準を合わせているからではないか。

自分と他の人とは価値観も違えば、ものの見方も違う。

そのズレに標準を合わせようとするから書けないのだ。

自分の心に正直に書く事が世間とズレがあっても構わない。

だって自分がそう感じた事が紛れもない事実だからそれでいい。

こんな簡単な事に数年、費やしました。

ふがいない私ですが、皆様よろしくお願いします。
もうすぐ節分です。
1年の始まりである節分が来ます。その年が良い1年であるかどうかはそれまでの過ごし方だと言います。

その区切りも来るので改めてタイトルにある『私がアミュレットからもらったギフト』につてい
書いてみたいと思いました。

たくさんありすぎてどうしよう・・・

親として、一番大きかったのは今年高校3年になる息子の受験でしょうか。
合格率が50%と言うぎりぎりの中で、志望校の変更も考えながら家族会議を繰り返していた時、
涙を浮かべながら『どうしても受けたいので受けさせて下さい』と頭を下げて来ました。
「そうだね、それがいいね。最後までがんばろう」と決めたその時。
私はその時起こった状況を今も忘れられません。

その時は結果も何ももたらされていないけれど、自分の責任で決めて後は運を天に任せる息子の覚悟。
その覚悟はものすごく尊いものだと感動しました。
今もその状況を思い出すとうるうるしてきます。
そうやって自分で自分の道を切り開くことこそが、その人の良い経験値となって
自分の望むものを手にする大事な大事な糧になるから。

結果は合格。
本番での自己採点や状況からして200%不合格だと思っていたので発表の日は
それぞれ静かに過ごしていました。
ちなみに、先生にはうるさいくらい私が『不合格です』を連発していた時
先生は『そうでしょうか?フフフ・・・』と言い続けていました(笑)

なので受験番号を見たときは信じられなくて
息子は合格通知が来るまでは半信半疑だったようです。

でもこの結果がどうであれ、この息子の決断は結果があってもなくても確実に活かせたはずだし
家族に感動をもたらしてくれたのは事実です。
すぐに碧誇寧先生にお礼の連絡を泣きながら入れたのを覚えています。
先生は『あなた達家族の力で私の力ではありませんよ』と静かに答えてくれました。
先生は合格するとご存知でしたか?!と聞くと
『合格か不合格かは大事ではないけれど、でもあなたが言うほど不合格を感じなかったので
なぜそんなに不合格を断言するのだろうとは思いましたよ~』と仰っていました。

私が現実的な奇跡を頂いたひとつの出来事でした。

                                その②に続く・・・