僕は2年前に交通事故にあった。
それが原因で1年半前に仕事を辞めた。
そして先月まで閉じこもりの生活を余儀なくされた。
今でも閉じこもりの生活をしている。
先月、友達の所に会いに行った。
この2年間で自発的な旅はこれだけだった。
学生時代に短い間好きだった人だ。
卒業してからは、会えば意識はする程度だった。
先月会った。
色々しゃべった。
泣いた。
楽しかった。
人間らしい生活だと思った。
貴女が私の外世界になった。
体は重ねていない。
だが、心は重ねられた気がした。
旅から戻る。
人間らしくない生活。
僕らしくない生活。
嫌気が射した。
自殺した。
絶対に死にたかったわけではない。『死』自体どうでもよかった。
心療内科に行った。
原因も過程も対処療法も根本解決も全て自分で見いだせていた。
今日もまた診察に行く。
初診の時、貴女が外世界だとDrにも告げた。
今、僕は貴女が僕の外世界だけなのか分からない。
思いが募っている。
単純に恋の病なのだろうか?
単純に恋の病なら、原因も過程も解決方法も、初診の時とは違う形になるだろう。
何も誇れない自分。
何もない自分。
失恋するだろう。
その後にあるものは清々しい『死』以外に考えられない。
それでもいいのかもしれない。
人は必ず死ぬ。
死んではいけない理由などそう多くあるわけではない。
人間が人間たりえるためには、他人間を意識することだ。
比べる事でしか自己を認識できない。
その外世界が全て失われたとき、それは人間としての死を意味する。
そこで、己から死を選択していけない理由など無い。
目的を持てない事自体が生存価値の無い事なのだ。
貴女は僕に「かなわぬ想い」と言った。
かなわぬ想いだからこそ、 至高の目的足り得、人生を旅する上で不可欠な要因となり得ている事に、貴女は気が付いているのだろうか?