先ごろ話題になった映画の原作です。映画は観ていませんがキャスティングには惹かれるものがあり、とりわけ私が大好きな滝藤賢一さんも出演されているので興味津々です。


 永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』は直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞しています。


 筋立てとしては容易に結末を想像でき、登場人物に順に語らせる手法も目新しくはありませんが、その登場人物たちの誰もが魅力的で心を寄せずにはいられません。


 不思議なもので小説のストーリーがいかに奇想天外であっても登場人物の造形が丁寧で奥深くないと作品世界に入り込むことができませんが、『木挽町のあだ討ち』は冒頭から引き込まれました。


 父の仇にあだ討ちを果たした伊納菊之助について語る芝居小屋に関わる人たちの誰もが悲惨な境遇や悲劇に見舞われて辛い生き方をしてきたのに、どこかあっけらかんと自らを傍観するような或いは達観するような風情でいて、菊之助に対しては何故か深い愛情を抱いているかのよう。


 とりわけ私が心惹かれたのは「第三幕衣装部屋の場」に登場する芳澤ほたる。語彙が足りなくて月並みな言葉しか出てこないのが悔しいですが、人間の哀しさと優しさと情感を体現しているような人物なのです。


 この作品は各章がひとつの独立した物語にもなっていて、一冊で何倍も美味しいという感じ。


 ひとつだけ物足りない気がしたのは人々に話を聞いて回る加瀬総一郎のイメージがあだ討ちをする伊納菊之助とややかぶってしまうところ。


 どうやら映画のほうでは加瀬総一郎を原作とは違う設定にしていて、しかも柄本佑さんが演じているようなのでかなり気になります。


 映画のことで言えば、渡辺謙さんは『国宝』の花井半次郎より『木挽町のあだ討ち』の篠田金治のほうがピッタリくるように思えます。


 『木挽町のあだ討ち』、読後に穏やかで優しい気分になれるのが嬉しい本でした。



永井紗耶子 『木挽町のあだ討ち』

新潮文庫 2025年