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ブログを新しく作りました^^

実は新しくブログを立ち上げました^^ これまで、ブログサービス使っていましたが、 今回はドメインとって、WordPressで作っています! 家庭教師関係だけではなく、働くというフィールドや、 SNSの運用についてなども書いているのでよかったら読んでくださいね♫

学校の勉強。

facebookは、色々なリンクみんな飛ばしてくれるので、
それを読むことが多いのですが、
基本、なんだかなーと思う記事が多いです^^;

やはりネットの記事で、質よりもアクセスあってなんぼの世界だからか、
本当に質が低い。

その中で、多くの人が、
いいねいいねしちゃう記事によく書かれているのが、
学校教育について。

万レベルのいいねをつけている人の記事でも、
『学校の勉強なんて意味なくて』なんて平気でいっちゃう。

本日のシェアされていたリンクの中で述べられていたのがコレ。

引用そのまま。

>>学校の勉強は特定の問題を短時間で「処理」することが目的でした。会社における「学び」は、問題づくりから始まり、答えを探して、現実にそれらを実行するまで全てに関わるプロセスです。それはとても創造的な活動です。


こういう話、多くの人が好きですよね。

学校の勉強は答えが一つでつまらないとか、
創造性がなくて・・とか、
点数をとるためだからだめ云々だとか、
将来役にたたないとか。

教育業界に入って、もう12年ですが、
やればやるほど『学校で学ぶ勉強』の大切さを噛み締めます。

学校の勉強が意味ない

とかって言っちゃう人って、
ほんっとーに頭悪いというか論理性のかけらもないし、
思い込み勘違いがなんて酷い他責の人間なんだろうって思う。

学校の勉強を『ものにできなかった』っていう小さい人間でしかないのに、
なんで上から目線で、学校の勉強が意味ないとか言えるんだろうって思う。

結局、何にしても、与えられているもの対しても、
自分から探し求めたものにしても、
『自分がそれをどうするか。』って話なんですよね。

勉強だけではなく、仕事もそう。

どんなところにも学ぶべきところがあり、
そして、どう解釈し、それにどう向き合うかは個人によるもの。


今回の記事でも、
かってに『学校で教わる勉強は、特定の問題を短時間で処理するのが目的』とかって、
言ってるだけなんですよ。

そうしたのは自分なのにあたかも、学校で教わる勉強がそうみたいにかいてある。

そして、学校の勉強に比べて社会は創造性が求められるんだぜ。的な、
なんか、浅い意識高い()系の学生が好むような文句を並べている。


最近思うのが、
SNSも発達して、本よりもいろんな情報を仕入れやすくなり、
色々とシェアされているものを見ていると・・・

なんか、みんなスマートになりすぎて中身なさすぎって思う。

成功だなんだ、って、なんかかっこいい事言って。

それにマインドコントロールされ・・・


本当に、『考える力』って奪われて行っているなぁ・・と感じる今日このごろです。

春先、研修事業を復活させるので、
色々なことを伝えたい。




夜中の戯れ言。

ひさびさにブログでアウトプット。

今年は、受験生が4人います。

5人いましたが、1人は家庭教師なくなりました^^;

勉強まったくしないにも関わらず、
勉強以外のことをしまくって、両親ガチ切れして、
高校受験は1人でやれっ!!ってことで家庭教師3人ついていたのを、
全部キャンセル。

まぁ、でも、こういう荒療治も必要だと思います。
個人的には全然ありかなと思います。

8月から更新止まっていましたが、
そりゃもう、ハードワークでした。

心身ともに、過去最高にハードワークだった気がします。

『自由にやりたいことやって。』というものから、
ちょっと距離があった日々です。

2014年後半は持ち直しましたけどね・・・

より、いろんな物が見え始めた2014年。

何より、自分とよく向き合ったな・・と思います。

自己分析みたいなものですかね。

色々と経験をさせてもらう中で、
自分の中の当たり前って、他の人の当たり前ではないんだなぁ。と、
当たり前のことですが、改めて思いました。

どのフィールドかというと、
やりたいことをやる。とか、好きなことをやる。とか、
本当に人のためになることをやる。とか、
教育。とか、そういう部分のフィールドです。

個人的に、こういう部分に関しては、
非常にストイックです。

数学や理科を教える。 ということをとってみても、
生徒にとって、『最高の先生である。』ということを大事にします。

学歴も別に東大卒でも国立医学部でもない僕は、
『偏差値』でいうと、学生の先生達にも劣るわけです。

じゃぁ、自分は何で勝負すべきか。何ができるかを、
真っ向から向き合って考えます。

誰にでもわかるものが、『時間』と『経験』です。
誰よりも時間をかけ、様々な経験を積むということです。

これを、継続して、ずーーーーーーーーーーっとやるわけです。

他の人よりも、頭も悪いし、偏差値低いし、
大きな自慢できるものがない僕は、
睡眠時間削って、休み返上して、学び、経験し、
自分のものにしていくわけです。

こういう考え方が、一般的に考えればレアなようです。

たくさんのご家庭や、生徒達を見ると、
より、自分はレアなんだなと思います。

問題を解くアプローチも、色々見えてきました。

僕自身、数学にしても英語にしても物理にしても化学にしても、
『論理的』に『シンプル』に考えて行く方針です。

課題に対して、
できる限りのことをやる  のみ。というものです。

図をかいたり情報まとめたり、
わからない場合は、解答から考えて考察したり。

この基本的な能力関係なしな【やる】か【やらないか】の部分のところで、
【やる】と選択する人が少ないのです。

自分と向き合うことで出てくるのは、
『自分は、何をすべきか。』という部分です。

そういった意味で、2014年は、充電期間でした。
がまんがまんがまんがまんな1年です。


表向きは、楽しそうで充実していて、
やりがいある仕事して、カメラの仕事も軌道に乗って という感じだった思います。

ただ、その裏にあるものは、
本当に血反吐をはくような毎日です。

毎月一定の給与があるわけでなく、
共働きで家計に余裕があるわけでなく、
だれか助けてくれる人がいるわけでなく、
国が援助してくれるわけでも、
会社が援助してくれるわけでもなく、

全責任、自分で負っている生き方です。

毎日が戦いです。

2014年を振返ると、ほんと、『よく生きていた。』という感じです。

最後の最後、年末に具合悪くなり、熱もでて、
あ、これ、過労死したらどうしよう。

このまま寝て、朝そのまま死んだらどうしよう。

って本気で考えるくらいになっていました。

自分を自分で客観的に見ると・・・・・
本当に、よく生きてるな。精神保ってられるなという感じです。

正直、1年半前までは、
自分って、努力肌というよりも、天才肌♪ なんて思ってました。

やったらできた。 っていうこと多かったし、
器用なほうだと思います。

数学、物理、化学に加え、英語も教えることができて、
中学受験、高校受験、大学受験だけでなく、就活にも対応できる。

パソコン詳しいし、ホームページも自分でつくれる。
写真までプロ扱いにされることもあるくらいに撮れる。

いろんなことができる。

ただ、この『できる』までには、相当数時間をかけているし、
色々なことをトレーニング積んでいる。

トレーニング積むことが当たり前であり、
結果がでるまでやるものだと思っている。

そんな考え。いまの中高生にはあまりありませんし、
両親にこんな考えの人は非常に少ないです。


19辺りまでは、
なんとなーくでしたが、20で、
教育の道へ。って考えて、ほとんどぶれずに12年間やってきているわけです。

そうすると、本当にどうにでもなるような、
実力と経験と、価値がうまれてくるんだなぁと実感しています。


よく、僕は人に自己評価を起こさせます。
解釈ではなく、『事実』ありきで物事をアウトプットします。

そのせいで、プライド高めな男子は近寄ってきませんが^^;

2015年、さらに本気になっていくので、
さらに、誤摩化しーな人は近寄れなくなりそうな気がします。


自分の人生に責任を持つ。

本気で生きる。


なかなかできる人は少ない世の中。

どうにかしたいな。って思っています。



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