この度の能登半島の地震に学ぶこと
こんばんは。
ウェルネスライフコーチのさとみです。
能登半島地震から20日が経ちました。
被災地におかれましても、
- 寒さ厳しい中での慣れない避難所での暮らし
- 大切な方を失った悲しみ、
さまざまな思いを抱えて暮らしておられることでしょう。
私の地元熊本も、2016年に2度の震度7の地震により被災しました。
遠く離れた東京におりましても、
住み慣れた町や家がぐしゃぐしゃになるショック、
家族や友人、ペットとの別れ、
その悲しみは推し量ることしかできませんが、
地元が被災した者として、とても他人事とは思えません。
わたしたちはもうすでに幸せである
わたしたちは幸せです
こんなことを言うと、
「ふざけるな!私は毎日仕事にも行けないほど悩み苦しんでいるのに!」
「そんなことは満たされているから言えることだ!」
という方もいらっしゃるかもしれません。
でも、私も37の歳になり、
幼少期から思い返してみても、
- 父の借金で家がなくなる
- 幼稚園から高校までのイジメ
- 就職先でもイジメられ1ヶ月半で退職
- 離婚
- 離婚後の自給自足のド貧困生活
- SNSでの半年に渡る誹謗中傷と嫌がらせ
- 恋人のDV、浮気
- 信頼していた友人の裏切り
- 唯一の親友で支えだったペットの突然死
など、前世でいったいどんな悪行をしたのだろうかとか、
誰かに呪われているんじゃないかと思うほど
つらいことの多い人生でした。
もちろん渦中にいるときは
つらいなんて言葉では足りないほどメンタルもやられました。
正直、なにも考えられないし
もうこれ以上、心をかき乱されたくなかったので
誰とも関わりたくない
と思ってなるべく人との関わりを避けて暮らしていました。
(おかげで今は、ひとりファミレスもひとりカラオケもなんでもござれ。
おひとり様を極めました。笑)
今でこそ言えますが、子どもの時から
あまりにも生きることがつらすぎて、
「早く◯にたい」
と毎日のように思っていました。
でもね、そんなつらいことの多かった私の人生でも、
と言えるのは
自ら命を終わらせることはいつでもできるけど、今わたしは生かされている
そして、
生きているからこその悩みである
と言い切れるからです。
仮に、平均寿命まで自分の生があるのだとしたら、
人生の折り返しも近くなってきたこの年まで、
本当にさまざまな方にお会いしました。
その中で出会った、
「貧しいお金持ち」と「豊かなおばあさん」の話は、
わたしの公式ブログにアップしています。
幸せは探すものではなく気づくもの
みなさんは、
「豊か」
ってどんな状態のことだと思いますか?
欲しいものがなんでも買えること
誰もがうらやむ豪邸に住むこと
誰もが振り返るくらい美しい外見
それらはきっと、
誰しもが欲しいと思うことでしょう。
何も引き換えにしなくとも手に入るのならば。
代わりに身体の一部を差し出さなければならなくなったら…?
家族の命と引き換えにしなければならなくなったら…?
きっとほとんどの人は現状維持を選ぶことでしょう。
自分はすでに幸せであると気づく
わたしたちはつい
「ない」ものにフォーカスしがちですが、
家の中を見渡すだけでも、蛇口をひねれば水が出るし
温かい布団の中で眠ることもできます。
去年の秋に、ペンキ画家SHOGENさんの本を読みました。
アフリカのブンジュ村で村民たちと暮らす中で教わった
【愛】について書かれています。
こちらもぜひ読んでみてくださいね。
今日もみなさんが笑顔で、元気でいられますように。
それではまた![]()
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