あちこちに旅をしていて、いつも!毎度!思うことだけれど、

 

一次産業が成立している土地は、やっぱり強い。

底力が違うのだ。

 

 

 

それだけじゃないけれど、

それもあって、

 

農業をしてくださっている方を、わたしはとても尊敬している。

もうめちゃくちゃリスペクト。

 

と同時に、憧れもある。

 

 

しかしこの「憧れ」が危険であることは、自分でもわかっていて、

 

いいな!みたいな軽い気持ちで手を出しても、

わたしができるようなことではない。

 

それはじゅうぶんにわかっている。

 

 

都会生まれ都会育ちのわたしが、

「いいな!」

みたいな気持ちで、自給自足とか就農みたいな方に身を振っても、

長くやり切れる自信なんて、まじで全くないもの。

 

 

自分は絶望的にできないことだからこそ。

それをやっている人をリスペクトしている、という話。

 

 

また、

ひとには生まれ持った素質とか役割があって、

 

それはバガヴァットギーターの中でクリシュナ神も言っているけれど、

 

やはり、持ち合わせたグナ(質)に合わせて、

ピッタリな生まれる土地や役割が与えられているものなのだ。

 

 

だから、繰り返すけれど、

 

わたしが「いいな!」みたいな気持ちで、自給自足や就農の方へ身を振るのはチガウ。

 

 

 

でもこの、「いいな!」な気持ちと憧れは止まらない。

これも嘘ではないし、

憧れと「いいな!」なトキメキが発生しているということは、

 

わたしの人生にも活かされる何かがあるはずなのだ。

 

だからといって、「いいな!」「憧れ!」の先が、

農業や田舎へ移住って話なのではない。

 

 

この「いいな!」の中身を細かく視る必要がある。

 

 

そして、視てみてわかったことがある。

 

わたしは、

 

空模様や気候を見ながら、それに合わせて手作業をすること

 

に憧れているのだ。

地球と共に、というような。気候に左右されるような。

人間側が都合をゴリ押すのではなくて、

人間側が地球に自然側に合わせてゆく生き方に、憧れている。

 

野菜を作りたいわけではないし、

米を作りたいわけではない。

山を管理したい(林業)わけではない。

 

ただ、

 

人間の側が自然に合わせなければならないこと。

その結果出来上がるもの。

 

に憧れがあって、それがやりたいのだ。

 

 

 

これが明確になったら、

 

「だからお香を与えられたのか...」

 

と、よくわかった。

 

 

 

 

お香は、気候にとても左右される。

使う粉の量も水の量も、気候次第。

 

作り始めるかどうかは、この先数日の天気を見てからでないと決められない。

(うまく乾かないとカビてしまうため)

 

 

師匠のいるペナン島は、一年を通して気候が安定しているから、まだやりやすいけれど、

冬や梅雨がある日本では作りづらい。

 

なのに、やっているし、

気候が不都合でも、どうしても辞める気にはならない。

 

 

これは、わたしが憧れている

 

人間側が地球に自然側に合わせてゆく生き方

 

を体現するために与えられているアイテムなんだな。

 

 

 

 

これに気づいたら、

 

お香が作れない日も、作りづらい気候も、

 

まぁ仕方ないね

 

という気持ちいなるようになった。

 

だってわたしは、

 

人間側が地球に自然側に合わせてゆく生き方

 

に憧れていたのだもの。合わせるチャンスがあってよかったね、という話だ。

 

 

 

 

 

良い役割を与えられたものです。

 

こうして、自分の役割に自然に出会っていく生き方、いいよね。

 

じゃあそれってどうやんの?どうしたら自分の役割に出会えるの?わかるの?

といえば、

 

そのやり方は、YOGAの中にある。だからYOGAの練習をするのがいい。

 

 

よくできた話だよ。