その①より

 

さて久慈に別れを告げて三陸鉄道にて宮古へ移動します。

 

 

そうですね、たくさんのあまちゃんに会うことができました。

三陸鉄道の宮古駅です。

宮古と言えばさんまと景勝地が有名ですがこの浄土ケ浜はやはり一度は訪れたいです。高台からすごい景観が見えてきました。

極楽浄土を思わせる風景ということでしょうがたいへん美しい景勝地です。

またぜひ見ておきたかったのが宮古湾海戦の現場です。明治二年の話ですが旧幕府軍の艦隊は新政府の最新鋭装甲艦甲鉄を奪取すべくアボルタージュを仕掛けた戦いで日本初の様式海戦と言われます。あの土方歳三がここ宮古湾でも暴れまわったのが偲ばれますが、この作戦は失敗に終わり旧幕府軍は徐々に追い込まれていくことになります。

このアボルタージュが成功したらその後はどうなっていたでしょうね。榎本武揚の蝦夷共和国は続いていたかもしれないですね。
どこまでもドラマチックな土方新選組です。なかなか来れないので現場を見れて良かったですがまだまだ史跡があるようです。
この激戦の戦いは今でも語り継がれているようです。
宮古では夜に本場のサンマを頂きました。これから盛岡を目指して山田線で山を突っ切っての移動となります。

さて山田線で宮古から約2時間で盛岡駅につきました。新幹線も通る駅なので大きいです。

もちろん盛岡のお土産も買わないといけませんがまだ時間があるので近くを見て回るとします。 

駅をブラブラしているといわて銀河鉄道の改札がありました。盛岡から八戸まで行けるようです。

でんでんむしバス(周遊バ)で盛岡城跡公園に向かいました。日本100名城になっているとのことです。

石垣は立派で会津の鶴ヶ城、白河小峰城と東北の三大石垣の城に上げられているとのこと。しかし建物は明治になってすべて破壊されてしまったとのことで石垣のみが残ります。

 

確かに石垣は三大石垣に数えられるだけあって素晴らしいです。

 
盛岡城についての概要です。
本丸跡には石川啄木の歌碑が立っていました。


近くには旧盛岡銀行の建物が目を引きます。1911年に建てられた国の重要文化財ですが東京駅などの外観によく似ています。

案内が立っているので観光客としてはありがたいです。
さて盛岡と言えば三大麺のどれかを食べて帰らないといけません。一番食べたかったのは東家のわんこそばですが、この日はあまりお腹が減っていなかったので別物にすることにしました。
まあ一度は体験してみたいわんこそばですね。気軽に食べれると良いですけどね。
駅前にはじゃじゃ麺の有名店もあります。平麺のうどん風ですが食べ終わったら生の卵に肉みそを加えてチータンタンにして食べるのが通らしいです。まだ一度も食べたことが無いのですが次にしたいと思います。
 
食欲をそそられる看板なのですが激戦区なので。
店の隣には冷麺のぴょんぴょん舎もあって駅前通りが麺の激戦区になっています。どれを食べるかかなり迷います。

さて結局この日の三大麺は盛桜閣の冷麺にすることにしました。辛いものが食べたくなったからです。

王道中の王道ですが盛岡に来たのが5年振りくらいですので久々に食べて見たかったです。辛さが7段階選べるのは変わっていないですが何故かスイカが梨になっていました。(笑)

ということであっという間に旅も終わりを迎えこまち号で現実に戻されました。また東京の喧騒と人ごみの中で生きていくことになります。

久慈から宮古と回り盛岡にもどってきました。 食べ物が美味しかったですし素晴らしい景観も楽しむことができまました。ありがとうございました。 (28)
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